プロローグ ~だけど解決編 その3

『112 30 39 29 141 18 200 34 11 12 32 91 99

  こ  の あ ん  ゴ  う  を   と い た も の に


 20 35 64 138 82 98 152゛120 200 44 25 208 61』

 い さ ん  の  は ん  ふ゛ ん   を  あ た  エ  る


「この暗号のよくできたところは、同じ文字に違う数字を当てはめているところでしょう。『ん』は四つも出てくるのですが、ページの先頭に『ん』は何度も出てくるので、全部違うページ番号を当てたのですよ。ただし『を』が先頭のページは一つだけ、200ページしかありませんでしたので、"200"だけが2回出て来たのです。そして"152"に『ダクテン』が付いているのは、先頭が『ぶ』のページがなく、『ふ』を代わりに使ったからです。同じように『ダクテン』が付いていても『ゴ』はありました。ただし、カタカナでしたが」

 確かにそのとおりだけど、問題はそこじゃないと思う。解読された文章は「この暗号を解いた者に遺産の半分を与える」、つまり、暗号は遺産相続に関するものだということが解ってしまうことだ。祖母はそのことを黙ってエリーゼさんに依頼したのかもしれないけど、エリーゼさんは解読したことで相続のことに気付いてしまった……

 天川先生が、咳払いをしながら言った。

「先日、エリーゼさんから、暗号で書いた文書は遺言状になるのかという相談を受けたのです。彼女の探偵事務所は、私どもの法律事務所のすぐ近くにあって、以前からたまたま知り合いでした。それで、色々と話をしているうちに、どうやらこの田之倉家の遺言の暗号が、彼女のところに持ち込まれた、しかも私どもが知らないうちに、ということが想像できました。

 本来なら彼女は依頼者の名前は隠す義務があるのですが、後でこの場で問題になるよりはいいだろうと判断して、特別にお願いして依頼者の名前を明かしてもらい、この場へ来ていただいたのです。独断で申し訳ありませんでしたが、相続に関して不正があるよりはいい、と判断したものですから、なにとぞご了解いただきたい」

 私は何も問題ないと思った。伯父と伯母も、渋い顔をしてはいるものの、文句は言わなかった。祖母に独り占めされるよりは、と思っているのだろう。もっとも、祖母が独り占めしても、もう数年後か、あるいは十数年後かに、みんなに遺産として配分されるはずで、その方が受け取り額が多かったのではという気もするけど……

「なお、この問題がありましたので、他の3人の方が無断で外部に委託していないかについても、こちらで独自に調査させていただきました」

「何やと! 何でそんな勝手なことを!」

「そうよ! そんなん、プライバシーの侵害とちゃうの!」

 天川先生の発言に、伯父と伯母が立ち上がって抗議した。

「しかし、皆様が遺言書に書かれた約束事を守っておられるかどうかを確認するのは、遺言管理者である私どもの責務と認識しております。報告は馬下の方から」

「はい、こちらで探偵社に依頼して、皆様の行動を調査いたしました。その結果、木林さま、田之倉恕一じょいちさまのお二方が、解読を外部に委託されていたことが判明しました。こちらがその調査結果を記載した報告書です。もっとも、解読結果を弊方へいほうへご連絡されなかったということで、解読できなかったものと思われますが……」

「けしからん! 後で訴えたる!」

「そうやわ! そんな調査結果、絶対嘘やわ!」

 伯父と伯母はそう言い残して部屋を出て行ってしまった。祖母が席を立たなかったのは、この家に住んでるからだろう……

「美里さま、あなたについては、私どもの調査では外部へ委託した形跡がございませんでしたが、もしあなたの方から何か申告することがございましたら……」

「いえ、特に何も……私、暗号のことは何も考えませんでした。遺留分だけで十分と思ってましたから」

「まあ、そうですな、先月もそうおっしゃってましたし」

「でも、私、暗号の件の相続は放棄したいんですが……」

「放棄!? いや、しようと思えばもちろんできますが、そうすると全額寄付ということに……」

「ホップラ! アマさま、全員に相続の権利がなくなっても、まさか私への報酬がなくなることはありますまいね!?」

「報酬? そうや、それがあったがな。いや、まだ答え合わせしとらんけど……そやのに、二人もおらんようになってしもうて。まあ、ええか。いや、失礼いたしました。エリーゼさんの解読が正しいのか、確認しなければなりません。恵さまと美里さまも、一緒に確認していただけますか」

「もし答えがうとっても、依頼料は払わしまへんで! 依頼者のことを外部へバラすやなんて、契約違反や!」

 祖母がいらついた声で言った。でも、先に違反したのは祖母の方だと思うけど。

「そうおっしゃるかもしれないとは思っておりました。しかし、私はこの契約よりも遺産に関する法律を守る方が正義だと考えたのですよ。申し訳ありませんが、前金としてお預かりした5千円はお返しできません。アマさま、何か問題ございますかね?」

「いや、エリちゃんの方から契約破棄したことにして、返金した方がええわ。依頼時の重要事項の連絡不足っちゅうことにして。調査費用はウチで何とかするから。それより、答え合わせやな。馬下くん、金庫開けて」

 馬下先生が手提げ金庫を開けると、エリーゼさんの予想どおり『恐怖の谷』の文庫本、そして封筒が1枚入っていた。封筒の中の文書を馬下先生が読み上げる。それはエリーゼさんの出した答えと見事に一致していた。

「なお、委託された者がこれを正しく解読した場合、その報酬は1千万円とする」

 1千万円。確かに、法外ではない。相続財産の全体は十数億円なのだから

「ニヒト・ツー・ファッセン! まさかそんなにいただけるとは思っていませんでしたよ。私の平均年収の4年分くらいですね。しかしアマさま、今回の費用についてもなるべく早くいただきたいです」

「わかったわかった。後で相談しよ。それでは、この会合はこれまでということで……」

 不機嫌そうに何か呟く祖母にお別れの挨拶をしてから、私は部屋を出た。


 家の外に出たところで、天川先生から、暗号の件の相続を放棄したい理由を訊かれた。

「私一人だけがたくさんもらうと、伯父や伯母たちから余計な妬みを買いそうな気がして……」

「なるほど、皆さんこっそり外部に委託するような人らやから……確かに、全体の4分の1ですからなあ。しかし、それを放棄して寄付するとは……」

 天川先生も馬下先生も、納得できるようなできないような、複雑な表情だった。しかし、元々関心がなかったのだし、他の人が部外者に依頼するのを止められなかったのは、私のその無関心さに責任があると思うので、放棄した方がいいだろう。

「ところで、祖母はどうしてエリーゼさんのところへ依頼に行ったんでしょう? 失礼ですけど、祖母が外国人の探偵さんに依頼するとは思えないんですけど」

「ああ、そのことですか」

 エリーゼさんは帽子を脱ぎ――それは家を出た瞬間に被ったばかりだったのに――そこに停めてあった大型バイクから、ヘルメットを手に取りながら答えた。

「以前、恕安さまからの依頼を受けたことがあるのですよ。ただし、直接ではなく、会社を通じてでしたけれどもね。その時に、名刺を差し上げたのです。その名刺はこれだったはずです」

 エリーゼさんが内ポケットから名刺を取り出してきた。なんでも入ってる内ポケットだ。名刺を見ると「湾岸探偵事務所 所長 三浦エリ」となっていた。日本語の別名を持っている? エリーゼ・ミュラーと三浦エリ、確かに語感は似てるけど……

「恵さまはおそらく、恕安さまのお持ち物の中から名刺を発見したのでしょうね。この家でも私の事務所でもないところでお会いしたのですが、私がドイツ人と知って大変驚いておられたようです。でも、他に引き受けてくれそうな探偵もいないので、我慢して依頼されたのでしょう。他に何かご質問は?」

「いえ、特に」

 一応、納得した。祖母はもしかしたら、祖父が暗号の作成を彼女に依頼した、と思ったのかもしれない。そんな事実はなかったみたいだけど。

「美里さまも何かお困り事があれば、その名刺の住所に来ていただければ対応いたしますですよ。1件4万円です。それでは失礼いたします」

 エリーゼさんはそう言うと一礼し、ヘルメットを被り、バイクに乗って颯爽と去って行った。改めて、名刺を見た。住所は大阪市住之江区南港東……


(プロローグ 終わり)

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