プロローグ ~だけど解決編 その2
『S49-40 112 30 39 29 141 18 200 34 11 12 32 91 99
20 35 64 138 82 98 152゛120 200 44 25 208 61』
エリーゼさんが続けた。
「ご覧のとおり、数字ばかりで構成されている暗号です。正確に言うと、数字だけではありません。最初に"S"があり、2行目の中央あたりの"152"には『点々』がついております。見たところ、日本語のひらがなかカタカナに付ける『ダクテン』ではないかと思いますが、それは解読の過程で併せて説明することにいたしましょう。
さて、暗号を解く場合、それがどんな形式なのかを考える必要があります。今回の場合はもちろん、数字を文字に変換するのです。
「そんなんは俺でもわかっとんのや」
「おや、田之倉
「先にお前がせえや。聞いといたるわ」
「恕一さまからは解読したという連絡を受け取っておりませんよ。ご静粛に願います」
天川先生が指摘すると、伯父は不機嫌そうな顔をして黙った。聞いているだけで6分の1がもらえるかもしれないのに、どうしてあんな顔をするのだろう。伯母も同じような顔つきだ。私自身はどんな表情をしているのだろう。無表情のはずだけど。
「さて、最初に"S49-40"とあります。これは他とは明らかに違う種類のものであるでしょう。とすると、これは文字ではなくて、暗号を解く鍵になるものなのです。しかし、これだけでは何のことかわかりませんから、ちょっと後に置いておくことにします。
では、他の数字についてはどうでしょうか。数字を日本語に変換するとなると、『12345』を『あいうえお』と割り当てたくなるのですが、ご覧のとおり、"S49-40"の次にあるのは"112"です。ひらがなは50文字ですから、既にあふれてしまっています。カタカナを合わせても100文字ですから、やはりあふれてしまうのです。
とすると、101以上は漢字が当てはまるのでしょうか? しかし、"152"に『ダクテン』が付いていることに注目しなければなりません。この"152"は明らかにひらがなあるいはカタカナのはずです。何らかの理由があって、『ダクテン』を付ける必要があったのです。
つまり、ひらがな・カタカナ・漢字を単に順番に従って当てはめるのではないということです。それでもこれが
「説明長いな。結論は何やねんな」
また伯父が横槍を入れた。
「アマさまが好きにしてよいとおっしゃったので、解読方法の見つけ方から説明しているのですが、いけませんでしたかね?」
「まあ、ここまではちょっと長かったですが、次にその『表』は何かというのをおっしゃったら、後は結論まですぐという気がしますんで、どうぞお続けください」
エリーゼさんの問いに、天川先生が冷静に答えた。アマさまというのはどうやら天川先生のことらしい。この二人は以前から知り合いだったのだろうか。祖母がエリーゼさんに解読を依頼したのは偶然だったのだろうか。
「ありがとうございます。では、その『表』は何かを申し上げましょう。それは本でございます。数字は本のページ番号で、そのページの先頭の文字を取り出してくると、この暗号が解読できるというわけなのです」
私は思わずため息をついた。よくそんなことを思い付くものだ。祖母も伯母もちょっと感心していたようだったが、伯父だけが違った。
「そんなんは俺でもわかっとんのや。そやけど、親父の蔵書で試してみたけど、解読でけへんかったわ」
「あんた、それでこないだから、しょっちゅう
祖母が呆れたように言った。
「当たり前やろ。こんな大事なこと、人任せにする方がおかしいわ」
「それでも、解読でけへんかったら一緒やないの」
「えー、ご静粛に願います」
伯父と祖母の言い合いを、天川先生が止める。伯父の言うことも正しいけど、祖母の言うことも正しい。やり方がわかっていても、解けなければ意味がない。途中までは正しいという自信があるのなら、それを根拠に他の相続人を説得して、合意の上で探偵に依頼してもよかったと思う。
「ところで、恕一さまは蔵書を全部試されたのですか」
天川先生が訊いた。
「全部は無理や。親父の蔵書
「それでも大変そうですな。見たところ、25文字以上あるのに……」
「そんなん、最初の3文字か4文字で文章にならへんようやったら、諦めたらええんや。そしたら次の本が試せんねん」
「なるほど、そういうものですか」
「そろそろ続けてもよろしいですかね?」
笑顔のまま黙って聞いていたエリーゼさんが、天川先生に言った。天川先生もちょっと慌てた様子で「ああ、失礼」と言った。
「エリーゼさん、続きをどうぞ」
「ありがとうございます。田之倉恕一さまは解読できなかったとのことですが、それはもちろん、正しい本を使わなかったからでしょう。そしてその本はどこにあるかというと、おそらくはこの金庫の中にあるのですよ」
エリーゼさんの指摘に、天川先生が驚く。
「手提げ金庫の中に? そういえば、重さ的には文庫本が一冊くらい入ってそうな感じでしたが……しかし、そうやとすると、なんでエリーゼさんは解読できたんです?」
「その本が何かということがわかっていれば、同じ本を入手すれば解読できるのですよ。それを表すのが、"S49-40"です。もちろん、これが本の名前なのではありません。ある本を、暗号を作るのに使うとき、それが作られた年が重要なのです。ハッコーネンというのだと思いますが、解読にも同じ年のものを使わないといけません。違うと文字の位置がずれて、解読できなくなってしまうのです。ですから私はこれを、ショーワ49年の40版、あるいは40刷であると考えました。40刷というのは長く人気のある本だということがわかります。では、その本は何かというと、これでございます」
エリーゼさんはソファーの後ろからボディーバッグを取って、中から一冊の本を取り出した。白っぽい表紙に灰色の四角形がランダムに並んでいて、青と赤と黒の四角形もあって、真ん中には『恐怖の谷』とある。
「皆様ご存じかどうか、シャーロック・ホームズ・シリーズのうちの一冊でございます。そしてこの中に、今回のと似た暗号が載っているのです。ただ、この中では、ある本の1ページの中から、数字の順に単語を拾ってくる、という方法ですので、正確には違うのですがね。しかし、今回の暗号の数字を見て、私が真っ先に思い付いたのがこの本なのです。
それで、これが本当に鍵であるか、確かめてみました。依頼者である田之倉恵さまに電話をして、田之倉
私の考えが間違いであるかとも思ったのですが、考え直して、その他にホームズの本をお持ちであるかを問い合わせました。すると、他は全部揃っているけれども『恐怖の谷』だけがない、というお返事だったのです。
ですから私はこう考えました。第1の可能性は、他の方が同じことを思い付いて、その本を持っていってしまった。第2の可能性は、恕安さまが暗号の答えと共に隠してしまった。今は第2の可能性の方が正しかったのだと思っています。
とにかく、お手伝いさんに他の本がどこの出版社のものかを尋ねて、このとおり、同じ出版社のショーワ49年の40刷を入手しました。そして思い付いた解読方法を試してみて、判読可能な文字列が見出せたので、成功した、と判断したのです。
まず、112ページ。先頭の文字は『こ』です」
エリーゼさんは本のページを開き、私たちの方に見せた。しかし文字は小さくて、座っているところからではとても見えない。エリーゼさんは本を天川先生と馬下先生も見せた。天川先生はうなずいている。
「次は30ページ、『の』です。その次は39ページ、『あ』です。全部やっていると時間がかかるだけなので、解読した文章をお見せしましょう。これです」
エリーゼさんがまた内ポケットから紙を取り出してきて、広げてみんなに見せた。
(続く)
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