第5話 鬼ヶ島

「ここが鬼ヶ島・・・・・・」

 猿は船から降りるやいなや、眼前にそびえる巨石群に圧倒され、思わず呟いた。

 島は黒い岩と荒涼とした大地によって構成されており、時折啼くガーという山ガラスの叫びが一層殺伐とした雰囲気を助長させていた。

「本当に鬼でも出そうな雰囲気だわ」

 雉は、漂う異臭に顔をしかめて、そっと大地に踏み出す。

「じ・・・・・・じ・・・・・・地獄」

 犬は二本足で震えるように立ち上がりながら言った。

「ここに・・・・・・『鬼』と呼ばれる者が住んでいるのか・・・・・・。とても人が住める所のようには思えぬが・・・・・・」

 桃太郎は身の内に沸き立つ不思議な感動を抑えながら島に降り立った。

 自分が一体何者なのかが分かるかもしれない。分からぬかもしれない。しかし、何かしらのものがこの島で見つかるに違いないという確信めいたものがあった。

「さあ、『鬼』という者達に会いに行こう。何か危険があったらすぐに逃げるのだ。ここから先は自らの命が第一と心得よ」

 桃太郎の言葉に、皆は頷いた。


 奇妙な岩々を横目に歩き続けることしばらくして、巨大な石造りの門が眼前に現れ、進路を塞いだ。人工的な建造物。こんな荒涼とした大地によもやと思ったが、やはり何者かがこの地で生活をしているらしい。そしてこの地である以上は、やはりその者達は鬼と呼ばれる者達なのであろう。

「頼もう!」

 その門に向かって、躊躇なく声を張り上げた桃太郎に、三人は思わずぎょっと振り返った。

「も、桃太郎様、大丈夫なのですか」

「分からん」

 てっきり奇襲でもしかけるのかと思っていた猿は、緊張して辺りを見渡した。

 周りには桃太郎達以外は誰もおらず、門の内側からもこれといって音は聞こえてこない。

「誰もいないのでしょうか...…」

「いや、先程まで気配があった。恐らくこちらの様子を伺っているのであろう」

 桃太郎はそう言って、また頼もう、と大声で呼び掛けた。

「拙者は桃太郎と申すもの。この島の主にお会いしたい。害意はござらぬ。取り次いで頂けないであろうか」

 しばしの沈黙の後、やおら門の上より弓をつがえた大男が姿を現した。

 目元以外黒の頭巾で覆われているため表情は判らないが、服の上からも判る筋肉隆々の肉体と、ぴたりと桃太郎の首に目標を定めたぶれない手元に、桃太郎はただならぬものを感じ、敵意がない旨を両手を挙げて示した。

「随分と物々しい歓迎だな」

「我らはお主らとの交流を望んでおらん。このまま去れば命は取らぬ。直ちに去れ」

 にべもない言いようである。

「そういうわけにもいかぬ。この場でも構わぬゆえ、話だけでも聞いてもらえないだろうか」

「ならぬ」

「話の分からない奴だな……」

 焦れて刀を抜こうとする猿を手で制して、桃太郎は腰の刀を鞘ごと地面に置いた。

「この通りだ。お主らにとっても悪い話ではない。今後この地を安堵する代わりに、殿は交易を望んでおられる。私はその使者として参った」

 桃太郎の言葉に、門の上の男は声をあげて笑った。

「これは有難い申し出だ!勝手に人の土地に入ってきて、自治を認めてやるから物を寄越せと言う」

 大男は矢尻を離した。

 ひゅっと空を切る音がして、太い矢が地面に突き刺さった。桃太郎の頬に一筋、赤い線が走る。

「桃太郎様!」

 雉がその場を動けぬまま、甲高い叫び声をあげる。

「ふざけるな!我らは誇り高き鬼の一族。貴様らの指図は受けん。これ以上ふざけたことをぬかせば皆殺しにしてやる」

 ぐるる、と低い唸り声をあげ、今にも飛び出しそうな犬の背を軽く叩いて、桃太郎は気負わぬ様子で刀を拾い上げ、軽く手をあげた。

「さもあらん。お主らの意向はわかった。ここまでは建前、ここからが本題だ」

 大男の方眉が跳ね上がる。もう一度弓をつがえてゆっくりと構える。

「まぁ聞いてくれ。この島に渡るにはそれなりの理由がいるのだ。不毛なやり取りを許してくれ。だがお陰で私は使者としての義務は果たした。交渉は失敗した。あとはすごすごと帰るのみだ」

「回りくどい。何が言いたい」

「本当は全く個人的な理由でこの島に来たのだ。私は孤児だ。出生は不明だが、どうやらお主らと同じ血が流れているような気がするのだが、それを確認したかった」

 思わず、同行者らは桃太郎をふり仰いだ。思ってもみない話だった。

 はっ、と大男は鼻で笑った。

「自己愛に満ちた空想か?共同体に馴染めぬからといって勝手に逃げ道にされては困る。お前のためにはっきり言ってやろう。それはありえない」

 なぜだ、と問う前に、大男は頭巾を無造作に取り払った。

 秋の夕日に照らされた稲穂のような、輝く黄金の髪が男の肩に落ちた。緩やかに波を描くそれは、桃太郎の漆黒の髪とは似ても似つかなかった。

「これでわかったろう。貴様らと我らとでは種が違うのだ。決して相容れぬ。分かったらとっとと立ち去れ」

 桃太郎は何かを考えるように押し黙った。そしてやおら胸元から何かを引っ張り出すと、大男に向かってそれを放り投げた。

 反射的に投げつけられたそれを受け取って、大男は眉を寄せた。

「それは私が拾われたときに身に付けていたものだ。もしそなたらの中に心当たりがある者が居れば、私を訪ねてきてはくれないだろうか。三日間、島の東の洞に滞在させてもらう。……誰も訪れなければ、四日目にこの島を去ろう」

 そこで桃太郎は雉を見やった。

「もうひとつ。もし叶うのであれば、お主らの医術で彼女の背を治して欲しい。治してくれるのであれば、出来る限りの礼をしよう」

 大男からの返答はなかった。

 桃太郎はひとつ息を吐くと、三人を促して門に背を向けた。

「お主らには申し訳ないが、もうしばらく付き合ってくれないだろうか」

 今までずっと飄々としていた桃太郎の僅かな緊張を感じて、三人は黙って頷き、その背に付き従った。

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斜め解釈 桃太郎 もげ @moge_

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