第4話 雉
「雉じゃ、雉じゃ、ケンと鳴いてみよ」
うずくまった女の頭に、童子が石を投じる。石の角が女の額に当たって血がにじみ、女が小さくうめく。
「痛ければその翼で飛んで逃げれば良いであろう。ほら、飛べ、飛べ」
女を囲んだ童子達は笑い声を上げて次々と石を投げつける。
大将が家畜の雉を山に帰すと行った。だから子分をそれを手伝うのが役割だった。
「どうも飛びそうにない」子分の一人が言うと、大将はにたりと笑って千切れた女の着物の裾を拾った。
「ずっと家畜であったから飛び方を忘れてしまったのであろう。それか・・・・・・ワシの元を離れとうないのかもしれぬ」
言ってケタケタと笑った。周りの童子達もつられるようにどっと笑う。
たまらず大将をきっと睨み付けると、何を生意気な、と更に石を投げられた。
女の背には生まれつき翼のような突起があった。肩甲骨が隆起しているのだったが、器量が悪いと二束三文で売られた。以来、雉と呼ばれて虐げられ続けている。
額が熱い。血が流れてきているようであった。しかし、頭が熱いのは痛みのせいだけではないように思われた。足下に転がった拳大の大きさの石を無意識に握りしめていた女は、ふらりと立ち上がると大将の前へと進んだ。
一瞬あっけにとられた童子達は、立ち上がってみると思いの外小さかった。右手を振り上げたつもりはなかったが、しかし、気付くと大将は頭から血を流して倒れていた。
「化け物!!」
童子達は口々に叫ぶと蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
最後の一人の後ろ姿を見送ると、すっと頭から血が引いていき、侵食する闇に飲み込まれた。
「目が覚めたか」
どのくらいの時間が経ったのか、額に重みを感じて身じろぎをすると、思いの外近くで男の声がした。
とっさに上体を起こして声のした方を見やると、「急に動くものではない」とやんわりと上体を戻す力があった。
「なに」
困惑して手を払い除けると、ようやくその声と手の主の顔に焦点があった。
不思議と吸い込まれるような深さを湛えた瞳。拒絶するでも嘲るでもなく、ただまっすぐと女の視線を受け止める静かな瞳。
「共にいた男は去ってしまった。引き留めるべきであっただろうか」
言葉の意味を理解するのにしばらく時間を要したが、大将のことを言っているのだということに気付いて彼女は慌てて首を振った。
「そうか……」
安堵したように男はわずかに微笑む。
「喉を通るようであればこれをやろう」言って、男は懐から団子と竹筒を差し出す。
食べ物を見て急激に飢餓感が身に戻ってきたが、警戒心の方が勝った。
「何が目的で施しをしようとする」
何か目的があるに違いない。彼もこの背の翼を見たはずだ。
着物の前をかき合わせ、じりと身を引き男の本意を見定めようと睨み付けると、突如別の男が割って入った。
「貴様、せっかくの桃太郎様のご厚意を」
思わずびくりと体が震える。一人ではなかったのか。よく見てみると後ろに二人男が控えていた。
「猿。大声を出すでない。怯えておるぞ」叱責されて、猿と呼ばれた男が首をすくめる。
「驚かせてすまなかった。私は桃太郎という。そなたの背のものは生まれつきか」
あまりにも頓着せずに尋ねられたので、思わず素直に頷くと、そうか、と彼は顎に手を当てて何やら思案顔になった。
すると急に恥ずかしさが襲い、その場から逃げ出したくなった。
「介抱して頂いたこと感謝します。もう治りましたので」言って逃げるように去ろうとすると、もう一人の蓬頭垢面の男に遮られた。
「お……おまえ腹減ってる……団子食べろ」
「いえ……十分良くして頂きましたので」
この場から走り去りたかったが、押し退けていくのは憚られた。
「ならば家まで送ろう。そなた家は」
言われて息を飲む。帰る家などもはやなかった。
顔色を察して「そうか」と桃太郎と呼ばれた男が頷く。
「危険な道のりにはなるが、そなた鬼ヶ島までついてくる気はあるか」
「桃太郎様!何を」
「わかっておる。無茶を言っておるな。だが、鬼の一族は並外れた医術の心得があるという。もしやそなたの病も治す術を知っておるかも知れぬと思ってな……」
衝撃だった。自分の醜さは自分の心から湧き出て現象化したもののように感じていた。これを病と呼び、治るかもしれないと言うのか。
「……いや、すまぬ。おなごを連れていくところではないな。忘れてくれ」
「いえ、いえ!連れていってください、その鬼ヶ島へ。私は薙刀を使います。お役に立ちますから」
三人は顔を見合わせた。
「私のことは雉とお呼びください」
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