第2話 猿

「それにはお主が望むような物は入っておらぬぞ」

 草の葉を結び、月のない闇夜の中に横たわり眠っていた桃太郎は目も開けずに言った。

 桃太郎の背の方で荷物を漁っていた男は、びくりと肩を震わせ振り返る。

 何十年も盗みによって身を立ててきた男は、自分の身のこなしには自信があった。眠りを深くする粉を撒き、気配も完全に消したつもりであった。だがこの男は気付いた。

「・・・・・・貴様・・・・・・何者・・・・・・」

 思わず口に出していた。それは好奇心・・・・・・いや、恐怖を隠すためにそう言わざるを得なかったのであろう。

「それはこちらがそっくりそのまま返したい言葉であるが・・・・・・」桃太郎は少し笑って、「桃太郎、という。袋の中にもう一つ小さな革の袋が入っておる。それの中に団子が入っているから、一つ取って去るがいい」と言って口をつぐみ、眠りに落ちた。

 いびきをかき始めた桃太郎を見て、男はあんぐりと口を開けた。

 しばらくして、言われたとおりに団子を一つ取りそれを食べると、両手をついて翌日桃太郎に頭を下げた。

「昨日、貴方の団子をひとつ盗んだ。この罪を償いたい。家来にしてくれ」

 男の前であぐらを組んで座った桃太郎は、困ったように首をかしげた。

「私は団子をとってよい、と言った。しからばお主は盗人ではあるまい。償う罪は何もない。わざわざ頭を下げるとは律儀な奴よ。黙って去ればよい」

 男は地面に擦りつけた頭を慌てて上げた。

「いいえ、荷物に手をかけた時点で私は殺されても仕方がありませんでした。しかし貴方は私を殺すどころか黍団子を恵んでくださった。誰かに情けをかけられたのは初めてです。供にしてもらえませんか」

 桃太郎はますます困って腕を組む。

「私はこれから鬼ヶ島へ向かう。誰も生きて戻った事のない危険な島だ。みすみす他人の命を危険にさらす訳には行かぬ。気持ちはありがたいが諦めるのがよかろう」

 鬼ヶ島という言葉に驚いて目を見開く男を見て、桃太郎は軽く微笑むと立ち上がった。

「これを期にまっとうに生きるがよい。腕は立つようだから胸を張って生きる道もすぐに見つかるであろう」

 男を背に立ち去ろうとする桃太郎を呆然と見送りかけて、彼は慌てて立ち上がると桃太郎の行く手に回り込んだ。

「危険な場所に赴くというならなおさら、私は貴方と共に行きたい。私は貴方を主人だと見定めた。止めても無駄です。目障りだというのなら気配を消してこっそりと後をつけさせて頂く。よろしいか」

「良いも何も・・・・・・」あまりにも真剣な顔の男を見て、思わず笑みがこぼれる。「参った。そこまで言うのならせひ共に来てもらおう。気配など消さなくてよい。お主、名は」

「猿」

――それが猿との出会いであった。

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