第17話

海に現実を見せられ。自己嫌悪で頭を抱える。一応、セットしてきた髪が台無しになっていくがそんなことどうでもいい。


「おい、なぁ、おいって!あれ、澪様じゃね」


その背格好で十分だった。艶のある濡れ羽色の髪色。上品な歩き方。毎日毎日、後ろから見ている姿が伝えてきていた。考えるではなく直感が澪さんだと言っていた。


ほころぶ澪さんの横顔。花が風に揺れたのは俺たちではない。俺にそんな顔、見せなかったじゃん。


「「誰?」」


たった一人の男に花は美しく咲いていた。


脳髄から脳幹までなにもかもが潰れていく。



吐き気がする。



胃の中は空っぽのはずなのに。


胸の真ん中から何か冷たいものがお腹に落ちていく。



息ができない。



胸の真ん中に肺なんてないのにそこが苦しい。


知ってる。イケメンじゃない、頭も良くない、運動もできない。


天才という言葉の裏側にいる凡人なら良く知ってる。


この苦くて苦くて吐きそうになる味を。



嫉妬という



カカオ百%で作られた苦いチョコレートみたいな感情を。


澪さんはきっと誰にも盗られることはないと思ってた。鑑賞用。いつの間にかそう思ってた。


ゴッホのひまわりみたいな存在だった。自分も手にすることはない、けどみんなが手にすることもない。見る権利だけ与えられてる。いつか誰かのものになる頃には忘れることができる。どうせ、澪さんの手を取る人は俺とは大違いの殿上人てんじょうびとみたいな人だから。


あと二年、澪さんがみんなの花を持ってこっちに笑いかけてくれればこんな思いしなかったのに。


彼氏さんの服を選ぶのは楽しい?


澪さんに成すがままにされている彼氏の顔はかっこよかった。イケメンだった。


無表情。楽しい、喜びなんて感情は微塵も感じられない。それどころか嫌気が指しているかのように見える。


澪さん?そんな奴と一緒にいて楽しい?


それとも澪さんは顔で人を選ぶの?


新たな服をまた持ってきては男に服を合わせる。首をかしげる姿だってかわいい、価値がある。


澪さんの花びらはそんな簡単に渡していいものじゃない。


そんな男に悩む価値なんてない。時間を使う必要なんてない。


「ごめん、トイレ」


「え、今かよ!」



吐き気がする。男にも澪にも。




口をゆすいで顔を洗う。酸っぱい匂いはいまだ逆流してくる。


胸から腹に落ちる感情は熱くも冷たく手足を震えさせ、吐き気を催すが力で押さえ込んでいく。髪をかきあげた鏡に写る俺はひどく不細工だった。











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