第8話
敵意むきだしの言葉の刃。私の心をたたき折ろうとしてくる冷たい、冷たい暴力。
「けっこうイケメンじゃない、あなたの彼氏。強面だけど確か醤油顔って言うのかしら。怜にはさすがに勝てないけど。けど浮気はダメなんじゃない?」
私のインタスの履歴をさかのぼってツーショットを見せてくる。身を寄せ合い満面の笑みでアイスクリームを持っている。ご丁寧にどうも。私の黒歴史と化しそうだよ、もうそれは。
「もうそいつとは付き合ってないっ」
「そいつ呼ばわりはひどいんじゃない?元カレ?彼氏?かは分からないけど」
「勝手にそいつが付き合ってるって言ってるの。もう別れて二、三か月経ってるし、二人きりで会うことももうない」
「フッたから自分だけすっきりして次に行こうってこと?失恋のショックとか少しないの?」
「だから!!」
しまった。
これじゃあ、わたしが痛いところ突かれてるみたい。それに傷口に塩を塗るように嫌なところをグリグリと押し付けてくる。腸が煮えくりかえりそうだけど必死にその熱を収める。
「ごめんなさいね、ただ少し聞いてみたくてね。悪気があったわけじゃないの」
悪気100%だろ。何が少し聞きたくてだ、本人に聞くもんじゃないだろ。気を少しは遣えよ。論破までとは行かなくても言い返すことはろくにできていない。フラストレーションは溜まる一方。
「ねぇ、怜のこと好きなの?」
「好き、好きだよ。あんたには負けない」
「別にあなたと競っているわけではないんだけど」
また私の心にささくれができていく。
私に背を向けて一歩二歩と遠ざかるように歩いていく。
「もっと身奇麗にしてこいよ、ビッチ」
くるっと回って、長髪がマントのように翻る。噂には違わぬ綺麗な人だった。人混みに入れられてもなぜか目がいく。仕草すべてに想いが込められているように感じる。品格とか礼儀とかどうこうっていうものじゃなかった。
心の奥底では負けを認めてた。けど恋心って簡単にいかないじゃん。
相手の全部が好きで溢れていって、その一片も誰にも譲りたくなくて、相手を包みたくなるの。
心臓の鼓動が早くなったり、ゆっくりなったり。一瞬一瞬が心に留められていくの。
溜まって、重なって、私の心はいっぱいになって、満たされていったの。ありふれたセリフだけど世界が輝いていて、毎日が生きがいだった。
私にはやっぱり役不足だったみたい。澪の言葉に心がへし折られたわけじゃない。
「わかった、怜のことはもう諦める」
「もうその名前も呼ばないで、怜が汚れる」
そこまで言わなくてもいいじゃん。
澪は私に一瞥もせず横を通り過ぎて調理室に戻っていく。
彼女の笑顔に一度は見惚れる。その噂も正しかった。
ぞっとするほど綺麗な笑顔だった。
悪魔の笑みはたぶんあんな風に美しくて心が震えるんだ。
「おかえり」
「ごめんね、どこにトイレがあるか分からなくて」
怜は相変わらずの無表情で笑顔の澪を出迎えた。
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