第2話

自分の腹を土台にして本を読む。日光は本の上部に僕の指のうすい影を作る。本の質量を感じつつ、少し褪せた白色と黒の活字の世界に入り込む。


電子書籍では感じられないこの重さに褪せていく紙。これが紙媒体の良さだ。電子書籍に押されていようが紙媒体は絶対になくなりはしない。それに電子書籍はどうも好きになれない。


「ここにいたんだ。ヤッホー。なに読んでんの~?」


話しかけてきた女性は肌寒くなってきたというのにショートスカートを穿き、上は肩付近にフリルがあしらわれ腕はもう透けて見えている。


茶髪でポニーテールはゆる巻きになっておりシュシュはピンクやオレンジが描かれ華やかだ。


僕は返答はせず背表紙だけ見せて活字を読み続ける。案外人の関わりが増えた一例がこの人、あまねだ。周は名前であり、前にどっちとも苗字みたいになっっちゃって困るんだよねと言っていた。


「全然知らん本だったわ。え~と、ああ!この作品書いてる人ね!こんなジャンルの本も書くんだ意外~」


周は僕の前に座ってス○バのカフェオレを飲みながら大学の課題をやり始めた。


「シュシュは新しいの?似合ってるね」


「そうだよ!友達みんなで揃えたんだ。かわいいでしょ」



目と机を平行にさせ悩む、周の頭には花柄のシュシュが見えた。髪をかき上げシュシュの存在を主張して、無防備なうなじが目に入る。すこし焼けた健康的な肌色だ。周の肌やうなじに興奮するほどの珍しさはない。


「ここどうやるの~?」


「あん?あ~これをここに代入して計算してあとは公式に沿ってやれ」


ふむふむ、と顎にシャーペンを当て、しばらくしたらペンが動き出す。最後に勢いよく引かれた斜め二重線は砂利を踏んだような音を出した。


「できた。毎度毎度いつもお世話になってごめんね。日頃の感謝も込めてなんかおごろか?」


「いや、遠慮しとく。迷惑ってわけじゃない。時折話相手になってくれるだけで十分だよ」


「きゃはは、そうか、そうか。澪は友達少なそうだもんね~。というか見たまんまって感じだけど。陰キャぼっちの怜くんには私が話し相手になってやりますよ」


甲高い笑い声は図書室に響いていく。朝で人が少ないからいいが混雑時は大迷惑だ。


「おい、ボッチ。や~い、本の虫」


見るからに調子に乗っている周はボクサーのように左右に顔を移動させ煽ってくる。あと本の虫は悪口じゃない。


ただただうっとうしい。


「ボッチ。サイ○リヤって知ってっか?そこでいいならご飯おごっってやるよ。人におごられたこととかないだろ、お前」


「おごられたことぐらいある。あと、さらっとコスパ最強の店を選んでんじゃない」


「ええ~、どこならいいんだよ。ご飯一緒に行こうぜ」


「行かない」


一刀両断。完全拒否。


ここまで頑なに断られると人間逆に興味が湧いてくるもので、周も例外ではなかった。


「なぁ~なんでそんなにご飯--


「怜」


 心が洗われるような透き通った声が怜の耳目を打つ。

 肩をつんつんとその白磁のような細い人差し指でつつかれた。驚きながら後ろを振り向くと予想通りの澪がいた。


 澪と別れてからそんなに時間は経っていない。いつも通り講義を受けているものだと思っていたが澪はここに現れた。


 無意識に左手の時計を確認しても時間に間違いはなさそうだ。


 「いきなり講義が休講になっちゃってさ。十五分も待たされたのに休講って昨日のうちに連絡しろって話だよね」


 「じゃあ、暇になっちゃったの?」


 「うん、暇」


 澪は椅子に腕を置き、僕の読んでいる本をのぞき込んでいる。頬と頬の距離は刹那で息遣いすら感じられる。


 これまた微妙な時間帯。僕は次に講義が入っているから外に出たらゆっくりする時間はない。


 「本でも読む?澪は何のジャンルが好き?」


日光の背中を温められながら、肩を寄せ合い静かな時間を二人で過ごすそれだけで十分だった。




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