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『なるほど……』


 とりあえず、全てのページをPCの画面上で開いて「ユウト」に見せたのだが、「彼」はそう言ったきり押し黙る。


「なあ、ユウト。はっきり言ってくれ。あたしの作品、どう思う? 全然ダメか?」


 あたしは緊張で胸の鼓動が高鳴るのを感じる。


『そんなことない。面白いよ。ストーリーは意外性があるし、登場人物の心理描写も丁寧だと思う。でもさ……』


 う……


 ここから、ネガティブな評価が……


『……言っていい?』


 「ユウト」があたしの顔を心配そうにのぞき込む。


「い……いいぞ。心の準備は出来た」


『人の体の描き方が不自然だよね。あと、背景もあまり描かれてないから、全体的に白さが目立つ』


 ぐはっ。


 クリティカルヒット……


 そこは自分の弱点だと自覚しているところだ……ちくしょう、的確に指摘してきやがる……


「それは分かってんだよ、あたしだってさ……だけど、体はデッサンが不十分なんだよ。特に男子を描くときは、それでとても困ってるんだ……」


『それなら、僕がモデルになろうか?』


「ええっ?」あたしは目を丸くする。


『僕をモデルにして、デッサンすればいいよ』


「うーん……だけどなあ……」


『だけど?』


 あたしは「ユウト」をまじまじと見返す。確かに存在感はある。が……妙に立体感がない。たぶん実体がないので陰影の付き方がおかしいのだ。陰影を描けなくてはデッサンにならない。


「今のあんたはさ、実体がないからデッサンもしにくいんだよ。デッサンってのは立体をこの目で見ながら描くもんだからさ」


『うーん……そう言われてもなあ。まさかリアルな世界に行くわけにもいかないし』


「だよなあ……」


 そう言いかけて、あたしは不意に気づく。


 以前、数学の時間に虚数と複素数について学んだことがある。虚数は英語でイマジナリー・ナンバー。なんかイマジナリー・フレンドと似てるなあって思ってた。


 で、複素平面上の複素数を実数軸に対称に鏡像変換したものは共役きょうやく複素数と呼ばれる。複素数と共役複素数の積は絶対値の二乗となり、実数だ。


 ってことは、もし「彼」が今存在しているイマジナリー・ワールドに鏡を置いたとすると、鏡に映った「彼」は複素共役だから、「彼」が鏡に飛び込めば掛け算されてイマジナリーな存在である「彼」もリアルに変わるかも。ただし二乗はされてるけど。


 でも、どうやって鏡をイマジナリー・ワールドに置いたらいい?


 簡単だ。あたしがリアルな鏡を見て脳内でそれを想像イマジンすればいい。イマジナリーなんだから。


 ようし。方針が決まれば、早速実験だ。

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