第五話 荒野での対面

 蓮さんに手を引かれ、だだっ広い荒野の中を歩く。特段暑いというわけでも寒いというわけでもないが、なかなか変わらない景色には飽きてしまった。目的地であるセラトナーの街に着くまで、徒歩でおよそ一時間。日はまだ低いし、何も無ければお昼前には着くだろう。しかし、一度目に遥さんが殺されたのはこの道の上。油断してはならない。

 繋いだ手がぎゅっと握られた。そろそろ、例の場所だという合図だ。荒野の中にぽつりと一本そびえ立つ、小さめの木。その影に一人隠れられるかギリギリなサイズだ。カラカラに乾いた細い枝と、艶のない緑の葉。一度目、遥さんはあの場所で……。

 昨日の作戦会議を頭の中で復習する。一番良いのは、誰ともすれ違わずにセラトナーに到着すること。または、もし誰かとすれ違うことになっても、人間だと気づかれないようにやり過ごすこと。最悪なのは、交戦せざるを得なくなることだ。どちらにせよ、ぼくは魔法を使えない。ただ、誰も犠牲にならないよう見守り、祈ることしかできないのだ。

 先程の木から数十メートル離れただろうか。ふと、足元に小さな痛みを感じ、その箇所を歩きながらに見る。

「……あ」

 繋いでいる蓮さんの手をくいと引いた。同時にしゃがみこみ、左足のふくらはぎを手で覆い隠した。

「どうしたの?」

「血が出てて……」

 荒野のど真ん中、風に草がざわざわと揺れる。日陰のない道が太陽に容赦なく照らされ、乾いた土が舞った。

「これは……、草で切っちゃったっぽいね」

「大丈夫か?」

 異変に気づいたジグが飛んできてくれた。そして、他のメンバーも。

 ざわざわと、葉っぱ同士が音を立てる。その音が、ぼくの中でもやもやと渦巻く嫌な予感と共鳴する。

「すぐ治しますね」

 ゆきのさんが自分のリングを使って変身した。魔法服姿になった彼女はリスがモチーフで、耳が付いたベレー帽と大きなしっぽが特徴的だ。回復魔法専門であるため戦うことはできないが、回復に関しては誰よりも優秀である。

 数秒もすれば、ぼくの怪我は綺麗さっぱり治っていた。「ありがとう」と伝えると、ゆきのさんは控えめに笑う。

 

 その表情が曇ったのと、嫌な予感が的中したのは同じタイミングであった。

 

「……おいおい、こんなところにご馳走が転がってるなんてよォ、オレ様超ラッキーなんじゃねェの?」

 必要以上のトーンで煽るような喋り方をする、知らない声。ギロリと睨まれたら一歩も動けなくなってしまいそうな目つきの、知らない顔。今にも襲いかかって来そうな好戦的なその態度は、明らかにぼくへと向いていた。

 痛みの消えた足が、今度は震えているのが分かる。呼吸のしかたを忘れて息が詰まり、手足は上手く力が入らない。硬直する体とは対照的に、ぼくの中心にある心臓は居場所を知らせるように大きく音を立てた。

「お前ら、大人しくしてろよ。その心臓、オレ様が丁寧に取ってやる! まずはそこのチビからなァ!」

「ちょっと、ヨウ。一人で突っ走りすぎ。頭を使えと何度言ったら分かるんだよ。いいか、こいつらは金になる。人間と確認できたやつだけ生きたまま捕らえよう」

 目の前にいる知らない二人の会話を聞きたくないのに、ぼくの耳は意識的に拾ってしまう。ぼく達を捕まえて、売ろうとしているのだ。冷や汗が背中を伝った。

「すまないが、オレ達は先に進まなくてはならないんだ。お前たちと戦闘はしたくない。諦めてくれないか」

 恐怖に支配されて固まっていた体が、聞き馴染みのある声によって少しほぐされた。特徴的な、でもどこか優しいジグ声だった。直後、ぼくの視界に魔人の二人が映らなくなる。あるのは、蓮さんの黒いカーディガン。ぼくに気を使ってくれたのだろう。彼の冷静さと視野の広さに、いつも助けられている。ぼくもそんなふうになれればいいのだけど。

 少しだけ働くようになった頭で、今の状況を整理する。ぼく達の前には、人間を狙う魔人が二人。ヨウ、と呼ばれた目つきと口の悪い魔人と、その隣で彼をなだめていた、背丈は普通で体つきは細めの魔人だ。きっとぼくの赤い血を見て人間だと判断したのだろう。

「やだねェ! 魔物の坊ちゃんは用無しだからしっぽ巻いて逃げていいぜ」

「俺もヨウと同意見だ。こんな絶好のチャンス、逃すわけにはいかないね!」

 空気がキンと張り詰める。時が止まったように誰も動かず、相手との様子を図る。突如強い風が吹いた。ぼくの頬に当たったのは、鋭い熱風だった。

「避けろっ!!」

 急に体が浮いたような感覚を覚える。視界が揺れ、世界がくるりと一回転した。直後、体を地面に打ち付けられる強い衝撃。思わずぎゅっと目を瞑ってしまった。

「大丈夫? 怪我、無い?」

 すごく近くから蓮さんの声がして目を開ける。どうやら蓮さんに抱きとめられる形になっているようだ。

「う、ん」

「よかった。俺は戦いに行くから、すぐにジグのところに行って」

 ぽんと頭に蓮さんの手の感覚。彼はふっと笑顔を見せた後、自身のリングに手をかけた。

 乾いた風に乗って刺すような熱が、また背後に迫る。振り返ると、先程の知らないふたりが捕らえるような目でこちらを見ていた。強い物言いの方の手には、メラメラと燃える炎が。

「オレ様の攻撃を避けるなんて、生意気だなァ」

「まぁまぁそんなに慌てるなって。君の頭の悪さは、俺がカバーしてやるからさ」

 余裕気な笑みを浮かべる、もう片方の魔人。ゆっくりと足を進める延長線上には、未だ恐怖で硬直したぼくがいる。手足が震えて上手く動けない。

 ニヤリ、と口角が上がったのを合図に、魔人は足を早めた。そして彼は、宙を走りだす。まるでそこに足場があるように。気づけばもうぼくの真上に。

「ほら、逃げないと捕まえるよ? ……まぁ、逃げても捕まえるけど!」

 今度は足場が無くなったように垂直降下してぼくを狙う。

「っ!」

 反射で無意識に体が動き、間一髪のところで魔人との接触を避ける。そのままジグのいる場所へ走り続けた。縺れそうになる足を、必死に動かして。

「ねぇ、追いかけっこなら雛としよ! 足の速さには自信があるんだっ」

 明るい声が背中に聴こえたが、ぼくは振り返らずに走る。きっと雛さんが注意を引いてくれたのだ。

「ふぅん、上等。その自信、砕いてあげるよ」

 感じていた殺気が消えたのを感じる。ジグのもとに着いたときには、魔人たちは他のメンバー達と戦っていた。

「油断するな。敵はあいつらだけじゃない」

 無我夢中で逃げていたから気づかなかったが、ジグの隣には遥さんがいて、その隣にはあの木がある。遥さんは既に魔法服姿で、戦闘態勢。弓を構える手は、見て分かるほどに震えていた。

 

 そう、忘れてはいけない。敵はあの二人だけじゃない。作戦会議の中で語られたもうひとつの存在。遥さんの心臓を抉った者のことを。

 気配を感じ取れ。近づいてくるあと一人───いや、あとの、唸るような鋭い殺気を。

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少年少女の魔法宣言 和水まつりか @matsurika-0703

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