第四話 トータ村

 緑の中をまっすぐ進んでいったところに、その村はあった。見た限り人口が少ない小さな村であるようだ。村の入口らしき場所に小さな看板がある。文字は読めなかった。知らない文字だった。

「ここがトータ村だ。ここの住人は比較的穏やかだから、普通に入っても大丈夫。挨拶くらいはしろよ。旅人だと言っておけばいい」

「分かった」

 村の中を進んで行くと、ぼくより幼いであろう子供が物珍しそうにこちらを見ている。身なりから推測するに、あまり裕福な家庭ではないようだ。

「こんにちは! 勝手にお邪魔してごめんね」

 率先して挨拶をしているのは雛さんだった。例え自分の命を脅かす可能性のある相手に対しても、態度を変えずに接することが出来るのが彼女である。ぼくはというと、魔法世界に住む人たちが怖くて、雛さんのようには振る舞えなかった。

「じゃ、オレは今から村長に挨拶してくるから少し待っていてくれ」

 ジグは空中を駆けるように飛んでいった。前から不思議に思っていたのだが、ジグはどうやって体を浮かせているのだろう。羽があるわけでもないのに。

 割とどうでもいいような事を考えながらぼーっとしていると、蓮さんに肩を軽く叩かれた。振り向くと、しゃがんで目線を合わせてくれる。些細な所まで蓮さんは優しいのだ。

「あれ、見える?」

 指を差したその延長をずっと辿たどると、背の高い塔のてっぺんが木々の隙間からちらりと顔を覗かせていた。どれくらい遠いのかは分からないけど、いつだか家族三人で旅行に行った時に、遠くから見たスカイツリーを思い出した。

「俺たちが目指すのはあそこ。あの塔に、この国の王様が住んでいるんだよ」

「王様、が……」

 あの場所で起こった出来事をぼくは覚えていない。あの場所には、全ての謎を解くカギが眠っているはずだ。

 それにしても、王様というのは日本に住んでいたぼくにはあまり馴染みのない概念であった。日本にも天皇と呼ばれる偉い人? はいたが、王様とは違うような気がする。この国の王様はどんな仕事をする人なのだろうか。

 なんて、塔を遠目に見ているとジグがまた空中を駆けるように帰ってきた。

「今日の宿が決まった。まずはそこでゆっくり作戦を練ろう」

 時刻はお昼前といったところだろうか。地球と魔法世界で時の流れが同じかどうかは分からないが、太陽(らしきもの)はちょうど真上あたりに見えた。

 ジグに続いて歩いていくと、客用の建物がぼくたちを出迎える。村の中の家たちよりほんの少し大きく、壁や屋根も綺麗に保たれた宿だった。

「二部屋くれたから、男女別れるってことで。みんなが寝てる間はオレが見張りしてるから、安心して休んでくれ」

「一度目もそうだったけどさー、それじゃジグが休めないんじゃない?」

 ぼくが思ったことを代弁するように、奏さんはジグに問う。返事は「問題ない」と即答であった。

「とりあえず、各自整理が終わったらオレのところに集まってくれ」

 はーい、と間延びした返事が耳に入る。双子のどちらかのものだろう。どちらもかもしれない。

 ぼくは部屋の隅に持ってきた荷物を置き、何も持たずにジグの所へ戻る。これから始まるであろう作戦会議に向けて、気持ちを整えておく必要があった。ぼくは魔法を使って戦えないけど、何かしらできることはあるだろう。作戦会議の中で見つけたい。

「おし、集まったな。そんじゃまずは一度目の確認から」

 

 *

 

 一晩お世話になった村に背を向けて歩き出す。あの後、一度目に起こったことを振り返り、新たに作戦を立てた。ぼくは特に大きな役割を背負っている訳ではないが、魔法世界に来て最初の戦い、ということでそれなりに緊張している。みんなに心配をかけないように、ゆっくり息を吸ってはいた。

 一度目、この道で遥さんが殺された。ぼくらはそれを塗り替えなくてはならない。人は簡単に死ぬ。それは、崩壊した東京の街をみて思い知らされていた。

 拭えない不安を押し殺す。今一番不安なのはきっと遥さんだから。

 手にぎゅっと力を込めた。大丈夫。きっと上手くいく。そう、自分に何度も言い聞かせて。

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