第一章
第一話 知らない一度目
しんと静まり返った保健室に、ぼくたち七人と一匹は集まっていた。拠点としている廃校の、いつもみんなでご飯を食べている場所だ。
「突然だが、明日から魔法世界に行くことにした。各自準備を進めるように」
え、と短く声が漏れる。魔法世界とは、つまりエネミーの住む異世界のこと。そんなに危ない場所に行くって……。
「あ、そっか。一回目も確かこのくらいの時期だったっけ」
妙に落ち着いた声で話したのは、
「そういうことだ。とりあえず、今までの事を整理しておこう」
中心でこの場を仕切っているのは、誰よりも体の小さいジグ。ムッとしたジト目にまろ眉。右耳はちぎれていて、左耳にリングを通している。子犬くらいの大きさの茶色い体、その体を隠すくらい大きなしっぽ。首元に巻かれた赤色のスカーフは、彼のアイデンティティである。
「まず、一度目の明日、オレたちは魔法世界へ行ったな。最初に向かったのはトータ村だ」
「あれ? 村に行ったらエネミーたくさんいるんじゃないの?」
「普通にしていれば人間だとばれることは無いからな。要は人間だと思われなければいいんだ」
「そっか。なるほど」
このメンバーの中で一度目を知らないのはぼくだけだ。注意深く耳を傾けて、分からないところは質問して、一度目に起きた出来事をなるべく把握しようと試みる。
「村を出てセラトナーの街への道中で魔法族──いわゆるエネミーと遭遇して、運悪く人間だと知られてしまい」
「戦いの末、俺が殺された」
耳を塞ぎたくなるような話だった。それでも、必死にくらいつく。体験した記憶があるみんなはぼくより辛い思いをしたはずだ。それを踏まえれば、聞いて何があったか把握することくらい簡単なこと。そのくらい、目を逸らさず耳を塞がず頭に入れないと。
まず初めに犠牲になったと話したのは、奏さんのお兄さんの
「……続けるぞ。その後、セラトナーに到着し、
「あの日はたまたま街のお祭りが開かれてて、人がたくさんいたからね」
仕方なかったよ、と短く切りそろえられた黄色の髪を揺らして、雛さんが無理に笑った。彼女は僕の次に年が若い。地球が滅ぶ前には、中学校に通っていたそうだ。
「そしてセラトナーの街を出てサーシャルの港で船に乗り、音創の街モルモーラで船を降りてマカラフィア洞窟に入る」
固有名詞がどんどん出てきて、さすがに頭が混乱してきた。分からないことはあとで個人的にジグに聞こう。
「そこで、私が…」
控えめに発言したのはゆきのさんだ。紫の巻き髪に紫のロリータ服、紫の靴。奇抜な見た目に反して、あまり話さない大人しい人。確か高校生だったと思う。双子と同い年だとか。
「洞窟を抜けたらラリトアジュ王都だ」
「目的の城に入る前に俺は殺されちゃったけどね」
奏さんが軽くそう言う。でも、ぼくには奏さんがとても苦しそうに見えた。
「城に入ってすぐ、
ため息が漏れた音が聞こえた。おそらく優里花さんのものだろう。ボブの長さのくるくの黒髪がふわっとなびいたのと同時にパチリと目が合って、その大きな瞳に睨まれてしまった。初めて会った時からこんな感じだから、きっとぼくのことが嫌いなのだろう。歳は、雛さんの一つ上、中学生だ。
「その後は国王と会って、オレは呆気なく。残ったあおいがどうしたかが分からないまま、なぜか現在まで時間が巻き戻り、おまけにそれをあおいだけ覚えていない……といったところか」
魔法に出会ってまだ一ヶ月も経っていない(正確には魔法に出会ってから一ヶ月程の記憶しかない)ぼくには、時間が巻き戻るなんて現実味のない話だった。というか、魔法という概念すら現実味のないものだが、どんなに突飛な出来事もいずれ慣れるものなのだ。
「そうだ。リングのことについても考えなくてはならないな」
ぼくが初めてジグに出会った日、彼は金色の輪っかをぼくに渡した。それがこのリング。
「改めて確認するが、リングは一人一つしか持つことができないものだ。禁止されているとかではなく、リングの性質的に不可能なんだ」
人間は普通、魔法を使えない。けど、このリングを持てば魔法が使えるようになるという優れもの。
「それが、なぜかあおいだけ可能になってしまった。オレは一つしか与えていないのに、時間が戻ったことをきっかけに二つに増えてしまったんだ」
ぼくたちがリングを使う時、漫画の世界のヒーローみたいに変身する。ぼくはうさぎの耳がついて、丸いしっぽが生える。他のみんなも何かしらの動物みたいになる。なんでかはよく知らないけど。
「もし魔法世界で、二つのリングを持つ者がいるとしれたら……」
ごくり、と唾を飲み込む。ジグが変にためたりするから、緊張してしまう。
「おそらく、研究対象となって国の秘密機関で幽閉されるだろうな。そうなったらあおいに何されるか分からない。もしかしたら殺されるかも」
ぽんっと頭に誰かの手が乗った。振り返れば、優しいような苦しいような顔をした蓮さんと目が合った。
「今回は誰も犠牲にならないように努めよう。これはゲームのコンティニューと同じだ。もう失敗はしない」
途端に真面目な顔に変わった蓮さんがそう言う。やっぱり頼れる最年長だ。ぼくの中の不安が薄れていくのが分かる。
「ま、ということだから、あおいはあっちで変身するなよ」
ジグの言葉にしぶしぶ「わかった」と返事をする。つまりぼくはみんなの戦力になれないってことだから。どうしても、またぼくだけ置いていかれたと思ってしまうのだ。
「あとはそうだな……魔法族の区別と呼び方くらいは覚えておいた方がいいか」
ジグの話はまだ続く。ぼくは、ひとりぼっちに感じることなんて気にしてる場合じゃないんだ。集中しないと。
首をぶんぶんと横に振ってもう一度しっかりジグを見据えた。突然変な動きをしてしまったから周りのみんなに少し驚かれたけど、それも気にしない。今は、少しでも情報を得ることが大切なのだから。
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