第5話 さよなら(お題『さよなら』)
「この電話は電源を切っているか、電波の届かない所に……」
スマホから聞こえるお決まりのアナウンス。まったく、こんな時にあなたったら。
さよなら。この言葉。本当はあなたに直接言いたかった。
私、本当にあなたのことが好きだった。初めて会った時のことは、はっきり覚えてる。
私がカフェに忘れたハンカチを、追いかけて届けてくれた、それが始まりだったわね。その後、おしゃべりをして、連絡先を交換して、また会う約束をした。
あの人の目をかいくぐって出かけるのは結構苦労したのよ。あなたも奥様がいたから、大変だったでしょうね。嘘をついて、辻褄を合わせて。後ろめたさとスリルが私たちを一層結びつけた。でも、楽しかった。
色々な所に行ったわね。映画やコンサートに行ったり、食事をしたり、旅行をしたり。あなたと過ごした時間は、美しい思い出として、胸にしまっておくわね。
今、私は出国ゲートをくぐる所。当分、いえ、もしかするともう戻らないつもりよ。
最後に、どうしてもあなたに伝えたかったことがあるの。私たちのことがあの人にバレちゃった。
あの人ったら、凄い剣幕で、
今頃、八方手を尽くして、血眼で私たちを探しているはず。私もあなたも見つかったら、ただではすまないでしょうね。あの人がどういう人か、あなたにも話したことがあったわよね。二人仲良く重しをつけて沈められちゃうかも。
でも、これでは仕方ないわね。電話は
さよなら、心から幸運を祈っているわ。
(了)
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