第10話 凝固
整氷のアナウンスが流れて、リンクを降りる。
どろっと身体が重くなった。
だるさが下半身から、眠気が上半身から、互いを浸食し合っている。
重力の根が忍び寄る。ぴょんぴょん跳んで振り払っても、四方八方から這い上がろうとする。今日は一段としつこい。エッジを逃がさなきゃ。
水滴を拭いて、手早く紐を解く。運動靴に履き替える。
製氷時間を利用して、インタビューが始まった。
編集者の高木さんは、ノービスやジュニアをメインに取材している。
わたしと可憐は気鋭の群馬ノービスコンビという扱いのようだ。
昨季のクープ・ド・プランタンでの優勝。それから、この間のスプリングカップ。今季の課題についても一通り話す。
トリプルアクセルは好きです。前を向いて飛べるから。
課題は、ダブルとの飛び分け。回りすぎてしまうので。
話している間も、撮られている。
自然に任せていればいいのかと思いきや、
目線、もっと上。
うーん。いや、姿勢かな。
フィギュアスケーターでしょ。
ちゃんと背筋伸ばして。
……いちいち注文を付けられる。
思わずため息を漏らすと、
「ていうか、それ何?」
カメラマンが、こっちの方がうんざりだと言いたげにため息をついた。
「……何がですか?」
「身体。揺らさないで。今話してるし、撮ってるでしょ」
殺意で、全身の毛が逆立つのが分かった。
「笑顔だよ、笑顔」
すぐに可憐に脇を小突かれる。
……すみません、なんて言うわけがない。
この侵入者が。重力に喰われろ。
けど、ツタは食指も動かさない。わたしの足元を這いずり回るだけ。
呪いは通じない。いつだってそうだ。
みんなが鈍感なんじゃない。わたしが敏感すぎるだけ。
諦め、静かに冷気を肺の奥まで吸い込んだ。
「おっ、やればできるじゃん。何で最初からやらないのー」
そのまま、もうワンカット。
ただ、わたしは固まっている。背後の氷に呼吸を沈め、凍っている。
自動販売機の脇のベンチで一人、洵が遠巻きにわたしを見ていた。
無表情のまま。片時も視線を逸らさずに。
見ないでほしい。代わってほしい。
ザンボの低音が響き渡っている。
インタビューが一段落したところで、
「二人はどういう関係なの?」
意味深な微笑みで高木さんに訊かれ、思わず
どう答えたらいいか。迷っていると、
「ライバル?」
と更に訊くので、
「ちがいます」
考えるより先に言葉が出ていた。
ぴきり、と可憐の顔が
少しの間、沈黙が続いた。
「……私は、刺激を受けてます。大事な親友です」
努めてにこやかに可憐は言った。
わたしは、それを小さくなぞる。
そう、親友。
「グランピアのトット教室でスケート始めた時から、ずっと一緒なんだよね?」
はい、とうなずく。可憐が続ける。
「だから、ここが来年から通年じゃなくなるのは残念です」
「えっ」
思わず、わたしは
全員の視線が集まる。可憐の表情が一気に険しくなった。
「えっ、じゃないよ。前から言われてるでしょ」
「知らない。何で? どうして?」
「……何度も言ってるし、掲示にも貼ってあるけど」
向かいにいる
「経営不振なの。春夏は特にお客さんが少なくて。何年もずっと引き延ばしてきたけど、もう限界なの。どうにか当面の間、秋冬の営業は続けてもらえることになったけど」
淡々とした口調が余計に気に
並べ立てられたって、知らないものは知らない。
「……じゃあ、これから春と夏、どこで滑ればいいの」
呆然と呟くと、可憐はぱちくりと二度瞬きをした。
「私達来年から中学生だもん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます