第24話 雷光、オンアイス
「Go to the start」
氷にブレードを噛ませ、構える。
「Ready」
腰を落とし、僕は前を見つめた。
どこかに焦点を合わせるのではなく、全体を見ているようで実は前方数メートルだけを視界に入れる。
はっきりとでもぼんやりとでもなく、ただ眼前に現れるべき物を待っていた。
氷が、光った。
同時に、僕は走り出した。
初めて見た。
それは、本当に見えるんだ。
シバちゃんが走り出したのも、ほぼ同時だった。
最初の直線、アウトの僕は先行して当然なのに、コーナーの直前でもうインのシバちゃんが僕の隣に並んだ。
やっぱり本気を出したシバちゃんは速い。
……けどね、僕は九年間シバちゃんを見てきた。
だから分かる。
シバちゃんの癖が手に取るように。
後ろ姿ばかり見続けてきたのも、今となっては悪くなかったと言えるよ。
シバちゃんは、コーナーが甘いんだ。
だから、ほら、あんなに膨れてる。
膨れても足の置き方に躊躇が無いのは流石だけどね。
絶対に転ばないという自信が、そうさせるんだろう。
僕にはそんな自信は無い。
僕にとってはね、氷上はそんなに安全な場所じゃないんだよ。
だから僕は、ここで生き抜くために、コーナーを制すると決めたんだ。
1000mは五つのコーナーを回る。
仕掛けるのはこの先、二周目、バックストレート前の第四コーナー。
「200mポイント通過、芝浦、17秒83、荻島、19秒49」
ポイント通過のタイムがアナウンスされる。
焦るな。
前半で先行されるのは当たり前だ。
二秒だ。二秒の距離を捉え続けろ。
途中、リンクサイドの壁の横断幕が目に飛び込んできた。
「柏林中スケート部 風になれ!」
レース中なのに、僕は思わず笑ってしまった。
……なってるよ、風に。
僕も、シバちゃんも、風になってる。
二周目に入った。
まだ息切れが来ない。
脚に、踏ん張れるだけのスタミナが残っている。
ずっと1500mをやり続けてきたのは、無駄じゃなかった。
本当に、僕がスケートでやってきたことで無駄なんて、一つも無かった。
コーナーで差を縮め、直線で引き離される。
シバちゃんとのレースなら、こうなるのは必然だった。
いつもそうだった。
だけど、今日違うのは、僕が直線で食らいついていること。
二秒の距離を、守り続けていること。
そして、それが、一秒半、一秒。少しずつ、確実に。
「600mポイント通過、芝浦48秒91、荻島49秒54」
差が詰まってる。
出来過ぎと言っていいほどのレース運びだ。
僕は速くなってる。
ひしひしと感じた。
このままコーナーに入る。
もうシバちゃんは手を伸ばせば届きそうなくらい、すぐそこだ。
バックストレートの交差区間に入った。
僕はシバちゃんの後ろに張り付いた。
と同時に、肩や腰にのしかかっていた空気の抵抗が消えた。
無風、そして、無音。
……これだ。
これが、スリップストリームなんだ。
なんて身体が軽いんだろう。
まるで空を飛んでいるような、限りなく自由な感覚。
これを利用して出るなら、それは最終コーナー入り口の直前。
ギリギリで前に出る。
シバちゃんを追い抜く。
僕は、その先の景色を見たい。
まだ一度も見たことのない、シバちゃんの背中の無い景色を。
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