第20話 画面の向こうのプリンス
ホテルに戻って夕食を取った。
シバちゃんはいつもより食欲が無いのを濱田先生に窘められていた。
あれからエイちゃんはシバちゃんとは一言も口をきかなかったけれど、憮然としながら当たり前のように同じテーブルに付いたので、僕は少し安心した。
なるべくスケートとは関係の無い話をしようと思っていた矢先、テレビでは名古屋で行われたという新春アイスショーの特集が流れていて、僕はげんなりした。
チャンネル変えてくれないかな、と思っていたところ、エイちゃんが急に顔を上げて
「あいつ俺らと同い年だべ」
と呟いた。
見ると、霧崎洵というスケーターが映っていた。
初めて見るジュニアの選手。
青い布にガラスのビーズを散りばめたハイネックの衣装を着ている。
少し長めの黒髪をなびかせて氷上で舞う姿は、女子が見れば一発でファンになってしまいそうな少女漫画的オーラがあった。
僕らとは、完全に無縁の種類の。
シバちゃんも昔はあんな衣装を着て滑っていたんだろうか。
……まるで想像がつかない。
こんなに長い付き合いなのに、僕は一度もシバちゃんのフィギュアスケートを見たことがなかった。
「……エイジ、フィギュア見るの意外だな」
シバちゃんが箸を止めて、勇気を出したように口を開いた。
エイちゃんは少し返事を迷ったような顔をしたけれど、やがてふうと大きく息をついて言った。
「姉貴が好きなんだよ。フィギュアやってると必ずテレビ占領すんの。ギャーギャーうるせーのなんのって。いちいちドヤ顔で解説してくるんだけど、あれ絶対分かってねえし」
「へえ」
エイちゃんのお姉さんを揶揄する口ぶりに、シバちゃんは頬を緩めた。
今日初めて見る、シバちゃんの笑顔だった。
それからほんの少しだけど、シバちゃんの箸が進んだ。
僕は、遠く離れたスケーターに、心の中でそっと感謝した。
……きっかけをくれてありがとう、霧崎洵くん。
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