第16話 闇に羽ばたく
「あの子、ちょっとすごいですね」
ラジカセにCDをセットし、弥栄ちゃんはぽつりと言った。
視線の先には刀麻君。
バッククロスでぐいぐいと漕ぎ、突然カウンターで前を向くと軽々とスリージャンプを跳び、着氷後ただちに二度ツイズルを回った。
「……本当にすごいわね。是非ともマイシューズで滑っているのを見てみたいんだけれど」
「えっ! あれ貸靴ですか? ……本当だ」
弥栄ちゃんは目を丸くして、乗り出すようにしばらく彼の滑りに釘付けになっていた。
刀麻君の滑りに魅入られていたのは私も同じだった。
他の生徒達の指導をしながらも、目はついつい彼を追ってしまう。
いけない、と気を確かに持っても、気付けばまた視線が吸い寄せられる。
スケーティングが風のように速い。
スピードスケートと関係あるのか知れないが、フィギュアの靴であんなに速く滑れる子はちょっと見たことがない。
それでいて、誰かにぶつかる気配を微塵も見せない。
避けていく、ですらなく、あらかじめルート取りをしているように。
フォアでもバックでも、誰がどこにいてどう動くかを完全に読み切ってラインを取っている。
背中に第三の目があるとでも言うのか。
でなければ全身がセンサーだ。
何より私が一番驚いたのは、その圧倒的なリンクカバーの大きさだった。
隙あらばフェンスぎりぎりを攻め、左右表裏、濃密に氷面を使う。
それが氷ならばたとえ角砂糖一つ分であっても見逃すまいと言うように、周を重ねるたび、自分の領地を塗り替えていく。
……どういうことなの?
こんなの、ちょっとやってたなんてレベルじゃないでしょう。
顔を見ると、感覚をありったけ研ぎ澄ませるかのようにきつく目を閉じていた。
そして突然キッと目を見開き、ほんの一瞬不敵な笑みを浮かべたかと思うと、飛んだ。
ダブルアクセル。
瞬間、背中に黒い翼が芽吹くのが見えた。
踏み切りで羽化し、回転とともに羽根が舞い、着氷と同時にこぼれ落ちる。
私は思わず目をこすった。
翼は消え、氷面にはトレース以外何も残されていない。
……幻を見たのか。
脳裏で一連の動きをリピートする。
どこを切り取っても無駄が無く、自然極まりない流れが逆に不気味だった。
ランディングの流れに乗ったまま、刀麻君はイーグルを回っていた。
インサイドのディープエッジで、まるで自ら描いた魔法陣の中心に、最後の一画を加えるかのように。
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