第8話 消えた闘志

 

 病は最初、拒食という形で現れた。


 再びパートナーが見つかるまで、重くなってはいけない。

 強迫観念で、私は厳しい食事制限を行うようになっていた。


 そのうちに、どんどん物が食べられなくなった。

 痩せていく私を心配して、とにかく食べろと強要する星先生や母親が疎ましくて仕方なかった。

 

 こんなに医療が発達した世界で、どうして背を削る手術は受けられないのか。

 私は自分の身体を憎んだ。


 食べても吐けばいいと気付くのに、時間は掛からなかった。

 私は反動で過食嘔吐をするようになった。


 しかし、嘔吐の現場を母親に見つかり、そのまま引きずられるよう病院へ連れて行かれた。


 その時、私の体重は45キロを切っていた。

 そのまま入院となり、大学は休学した。


 徹底した食事管理と医療ケアのおかげで、半年で体重が50キロまで回復した。

 一年ぶりに生理が来た。

 摂食障害は十年単位で引きずる人もいる病気だ。

 私の変化にすぐに気付いた母親に、私は救われた。


 一年遅れで復学し、私は大学三年生になった。


 同期が既に四年生になり、様々な大会で活躍した経歴を生かして就職を決める中、私がやらなければいけないことは、まず真っ直ぐに氷の上で立つことだった。


 スケート靴を履いた私の足元は、ぐらぐらだった。

 一年病気でリンクを離れただけで、スケートをすることがこんなにも困難になるとは思わなかった。

 エッジを踏み分けることが、ターンで向きを変えることが、こんなにも難しいとは知らなかった。


 一年前までは確かに私の居場所だったはずの氷上は、ありとあらゆる障害を聳え立たせた無慈悲な場所に変わっていた。

 こんな場所で昔はジャンプを跳んでいたなんて、悪い冗談にしか思えない。

 目の前で三回転や四回転をバシバシ決める他のスケーターが、全員別の生き物に見えた。


 星先生は私を見捨てず、焦らず行きましょうと言ってくれた。

 特待生の資格はとっくに失っていた。

 けれど、両親は一度も私のことを責めなかった。


 体重が徐々に増えていくのに比例して、私はスケートに纏わる色々を取り戻していった。


 でも、一つだけどうしても取り戻せない物があった。

 それは、闘志だ。


 あんなにも当たり前のように私の心身に同居していたものが、綺麗さっぱり消えていた。

 氷上に存在するだけで精一杯の私は、闘うなんて夢のまた夢、まるで牙を抜かれた獣だった。


 這いつくばってでも氷にしがみつく。

 鋭い目で歯を食いしばっていた私は、もうどこを探してもいなかった。

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