第13話 音楽と遊ぶ

 

 私は放課後、可能な限りリンクに出向き、夜は楽器と向き合った。


 音色のデータを幾つも作って保存する。

 今まではメロディーやハーモニー、流れにばかり目が行って、音色は後回しだった。

 けど、今は逆だ。

 欲しいのは、音そのもののバリエーション。

 濃淡、高低、立体感の差異。

 フィルターで周波数をカットし、エフェクターを掛け、種類と数を揃えていく。


 私の音楽は像ではない。

 何かの再現でなければ表現でもないのだから、展開は本質じゃない。

 音符からではなく、音色からの構築が必然。


 あ、これ好き。あれと足すと、もっと好き。

 今のは嫌い。一つ戻る。

 ……やっぱり、大好き。


 つまらなくさえなければいいの。

 面白いものは、楽しいから。

 楽しいものは、気持ちがいいから。


 興奮が加速する。

 音が踊ると、光が跳ねる。

 足元をぶち抜く深淵に、ヘッドフォンで蓋をする。

 ここは、私の世界。


 拡大の先の爆発と、収縮の末の消滅。

 境界を探り、丁寧に縫い合わせる。

 駆け抜ける面積と、こだます空間。

 私は全てを捉えたい。

 そうして繰り返した徹底が、万華鏡になればいい。

 多彩な音色がオブジェクト。ビートは鏡。ミラーシステムは足し引き自在。

 この快感は、私だけのもの。

 

 なのに、回転の速度は氷上の残像だけが知っている。

 胸の光が、銀色のエッジに反射する。

 共鳴が完璧に一致するBPMを探る。

 透明な怪物。時計の針に、どうか足を止めないで。

 階段をひたすら上へ、目指すはあの光のゲート。

 


 仮録音に漕ぎ着けた私の曲を、とーまは昼休み、屋上で聴いた。

 とーまがイヤホンをしている間、私は滲む汗を時々拭いながら、所在なく空を見上げていた。

 蝉の声が鳴り響く。梅雨も明けて、本格的に夏になってしまった。

 そろそろ終わるかなと手元を覗き込もうとしたら、とーまが宙を見つめたまま涙をぼろぼろとこぼしていて、私はぎょっとした。


「ごっ、ごめん。気に入らなかった?」

「……広い」


「え?」

「絶望するほど広くて、寒い。風と、雪と……氷の大地だ」


 ……嘘。

 でも、私の呟きは声にならなかった。


「参ったな。それなりに割り切ってたつもりだったのに、帰りたくなる」


 とーまの声は震えていた。

 腕を見ると、薄い体毛の肌が粟立っていた。

 こんなに暑いのに、全く汗をかいていない。


 ……どうして。

 私は、何かをイメージしてこの曲を作ったわけじゃない。

 全ての意味付け、定義、投影、とーま本人の印象でさえも拒否して。

 そうしてただ楽しい方、面白い方、気持ちのいい方に、音を導いただけ。


 ……導いた? 

 ゴクリと唾を呑む。


 本当は、導かれていたんじゃないの? 

 この、胸の中の怪物に。

 真っ黒な瞳が、向こう側を見つめている。


 白い欠片が螺旋を描いて落ちていくのが映る。

 まさか、あのゲートの先は。

 振り返ると、ホワイトホール。

 向こう側から音が聞こえた。


 ……し、し、と雪の結晶が積み重なっては崩れる音。

 全ての始まり。白銀のリンク。

 覗き込もうとした途端、上から声が降ってきた。


「けど、今帰っても、それは違うんだ」

 顔を上げる。

 もう、とーまは泣いていない。

 風景は一瞬で立ち消え、蝉の声が再び私達を取り囲んだ。

 とーまは、いつか雲の上でしたみたいに、私の右手を両手でぎゅっと包み込んだ。

 手のひらは、うっすら汗が滲んでいた。

「放課後、リンクに来て。二階じゃなくて、一階に。絶対だよ」

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