エピソード3・サボリ

「え……?」

 桜子が聞く。さすがに担任教師が授業をサボったりするのは、いけない行為だと思ったのだ。

「う……いや、正確には、次の授業の準備があったのですが……」

 ごにょごにょ言いっぱなしの秋田。

「真布由先生とは……お二人で何をしてらしたのですか?」

「あ、いやー、ちょっと。花見を……だね、うん……」

「はあ……」

 桜子のうるんだような瞳が、秋田を追いつめる。

「花見、ですか」

「ううう……」

「いい加減に、こちらを向いてください、先生」

「すみません、できません」

「どうしてですか。お耳が赤いですよ」

 秋田は両耳を抑えて、悲鳴をあげた。

「あんまり、観察しないでください。先生を見ないで」

「どうすれば……」

「わかるでしょう」

「わからないから、聞いてます」

「いいですか。先生は、先生は……恥ずかしいのですっ」

「……はあ」

 ホーホケキョとウグイスが鳴いた。

「いたっ」

 ほんのちょっと、小さく桜子が声をあげる。足の痛みを今思い出したのだった。

「どうしたの?」

 秋田がふり返ったので、桜子は初めてまともに彼の顔を見た。

 はぁっと息をのむ秋田。

 その黒目がちの双眸が、やはり夕子に似ている。

 秋田の最初の恋人だった、夏陽夕子に。

「あ」

 ぽんと桜子が手を打つ。今ごろふに落ちたのだった。

「じっと見られて、恥ずかしい、と……」

「……そうですよ」

 妙な空気が流れ、二人は一緒になってクスクス笑いだす。緊張の糸が解けた、一瞬のことだった。

「あれ、じゃあ、うわさって……」

「う。それ以上聞いてはいけませんっ」

「なぜですか」

 再び桜子の大きな目が、秋田を追いつめた。

「う、その……先生のことは、プライベートに踏みこんではいけないのですっ。そう、プライベートですからっ」

「へえ、そうなんですね」

 桜子はあっさり引くかのように見えたが、さらに問い詰め始めた。

「先生はプライベートで人のうわさをするんですね」

「うっ、そっ、それはっ。先生は、あなたのことは、別に……っ」

「………………」

「見ないでくださいっ」

 秋田は両手を突き出して、一歩、さがる。

 すう、と桜子は息を吸って、りんとした声で告げた。

。そうなんですね」

 秋田は衝撃に対して、拒否できない。今また桜子に背を向けて、地面にのの字を書くのがせいぜいだった。

「先生って……」

 次なる衝撃が、秋田をおそう。

「先生って、かわいいんですね」

 秋田は泣いた。さめざめと。他にどうしろというのか。それにはこういうわけがあった。

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