第47話

「ねえリーシー。一体なんなの? あたし、今日は外へ出たい気分じゃないんだけど」


「いいからいいから。ランレイはなにも考えずに来てくれればいいの」


リーシーはランレイを連れて、自分の店である『定食屋 飲みだおれ』へと向かっていた。


あまり気分の乗らないランレイは、リーシーに抱かれたままただ俯いている。


どうせメイユウとシェンリアが、また紹興酒でも飲んで焼き飯にはケッチャプかマスタードかとか、くだらないことで喧嘩でもしているのだろう。


――と、彼女は思っていた。


前にメイユウがリーシーの店で皆に話した通り――。


ランレイは、ハイフロアでメタルのことがあってから、すっかりふさぎ込んでしまっていた。


いつもの彼女なら、落ち込みつつもすぐに立ち直るのだが、今回ばかりはそうもいかなかったようだ。


今でも目の前で鳴くメタルの姿が、ランレイのまぶたの裏に焼き付いて離れない。


そして、メタルを捨てた飼い主の家族の無慈悲な態度や、ハイフロアの住民たちの薄情さも、彼女から覇気を奪う原因となっていた。


「ほらほらもうすぐ着くよ~」


リーシーは、元気のないランレイとは対照的に快活な声を出した。


そんな彼女の声も、今のランレイにはうわの空。


彼女はリーシーに抱かれ、下を見ながらネオン看板が映る水たまりを眺めている。


そして、ぼんやりと考えごとをしていた。


(ハイフロアだからって……良い人がいるわけじゃないんだ……)


ランレイはローフロアの出身である。


彼女は貧しい家庭で育ったが、今は亡き両親からたっぷりの愛情を注がれ、優しい人物に育った(身体は機械猫だが)。


スラムであるこのローフロアで育ったランレイは、当然世の中の人間には悪人がいることは知っていた。


それは、彼女自身が人狩りに襲われたりと、実体験として記憶に残っている。


だが、それでもどこか幻想があったのだろう。


治安の良いハイフロアの人間は、愛情深く、問題が起これば手を差し伸べてくれる人ばかりだと思っていたのだ。


(バンシーさんみたいな人もいるし……。みんながみんなそんな人じゃないんだろうけど……)


ランレイは、このところそんなことばかり考えていた。


メイユウとの初仕事のときに出会ったガイノイドたち――。


あれもハイフロアで捨てられたアンドロイドたちであろう。


次に、自分を攫った人狩りたち。


彼らは人間の身体を売りさばく犯罪者で、自分たちよりも弱い者を襲っては金に換える。


そして、メタルを捨てた飼い主の男の子や、壊れたメタルを助けようともしないハイフロアの住民。


人間とは、どんな環境で生まれようとも、酷く浅ましいものだ。


両親から、人間は本来善性の生き物であると言われ育ったランレイにとって――。


彼女が直面した現実は、それとはまったく異なるものだった。


悪いだけの人間などいない。


もちろん善だけを成す人間などもいない。


ランレイはそのことを知っていたつもりだった。


だが今の彼女には、この世界は残酷なものにしか映らない。


「みんなお待たせ~! 主役の登場だよ!」


店の扉を開けて中へと入るリーシー。


ランレイは主役ってなんだろうと思っていると――。


「やっと来たか。よし、シェンリア。スイッチON」


「なにてめえが仕切ってんだよ」


「まあまあメイユウもシェンリアも、喧嘩よりも先にやることがあるだろう」


真っ暗な店内から、メイユウ、シェンリア、シャンシャンの声が聞こえる。


一体何の騒ぎだろうと、ランレイは床に降りながら声のするほうを見た。


すると、真っ暗だった店内が突然明るくなったと思ったら、そこが青空と海のある浜辺へと変わっていく。


辺りをキョロキョロと見たランレイは、その場に立ち尽くして驚愕。


あまりの驚きに声が出ないでいた。


「へへ、驚いたか?」


それからシェンリアが、鳩が豆鉄砲を食ったように目をパチパチさせているランレイへ、この状況を説明し始めた。

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