第24話

まるで目の前で無抵抗の者が虐殺されていく様を見せつけられたかのように――。


ランレイはしばらくの間、真っ赤に染まった料理を放心状態で見つめていた。


唯一無事だった、もといトマトケッチャプをかけられなかったスープを手に、その温かさをその身に感じている。


「あぁ……この子だけでも助かってよかったよぉ……」


そして、スープの器を我が子のように抱きながら呟いていた。


そのおかげか、少し落ち着いてきたランレイはシャンシャンのほうを見た。


どうも箸は持っているが、まだ料理には手をつけてはいないようだ。


「どうしたシャンシャン? 早く食べないと冷めちゃうぞ」


「あ、ああ!? そうだな! そうだったな! さあ冷める前に食べよう! いやーしかしこいつは美味しそうだ!」


メイユウに言われ、料理に箸を伸ばすシャンシャン。


顔は笑ってはいるが、なんだが様子がおかしそうだ。


「それにしても嬉しいな。メイユウの手料理なんて久しぶりだ」


そう言いながらも、なかなか料理を口へと運ばないシャンシャンである。


彼女は自分の小皿に料理をのせていくだけで、それを食べようとはしていない。


「いやいや~なんだか食べるのがもったいなくなってきたなぁ。そうだ、この料理をうちに持って帰っていいか? 家でもメイユウの料理が食べれるように」


「いいから早く食えよ」


メイユウが冷たくそう言うと、小皿にたっぷりとのった料理もといケチャップを見てゴクリと唾を飲み込むシャンシャン。


そして、その中にあった真っ赤な餃子を箸で掴み、ゆっくりと口へと運ぶ。


「うぐッ! ……う、うまいなッ!」


「マズいんだね……」


その強張った表情を見たランレイが、ボソッと呟くように言った。


だが、そこからのシャンシャンは、凄まじい勢いでテーブルにある料理をかっ食らっていった。


「そんなに腹が減っていたのか? だったら早く言いなよ。まだいくらでもあるからな」


メイユウはそう言いながらさらに料理に運び始め、ケチャップをさらにかけていく。


シャンシャンは引き攣った笑みを見せながらも、必死で食べ続けていた。


ランレイはそれが明らかに無理をしていることに気が付いていたが、何も言わずにただ黙って手元にあったスープを飲み干す。


(シャンシャン……。メイユウに美味しくないって言えないんだろうな……)


きっとシャンシャンはメイユウが料理が上手なことを知ってはいたのだろう。


そして、当然その料理に大量のケチャップがかけられることも――。


ランレイは、シャンシャンはメイユウの料理がケチャップさえかければ美味しいことを知っていて、最初は喜んでいたのではないかと思った。


「なんだよシャンシャン。泣くほどうまいのか?」


「ああ、うまい! やはりメイユウの作る料理は最高だ!」


なんだかキッチンがまるで拷問部屋だ。


そう思ったランレイは、少しでもシャンシャンを楽にしてあげようと、赤い料理たちへ手をつけ始めるのであった。


その後、無事に食事を終え、メイユウとランレイは外までシャンシャンを見送ることに――。


「本当に一人で大丈夫なの?」


「ああ、いいんだ。メンテナンスもしてもらったうえに、食事までごちそうになってこれ以上なにか望むなんてバチが当たる」


だけど、メイユウのところへ相談しに来たって言っていたじゃないか?


ランレイがそう口にしようとしたときに、メイユウの手によってその口を押さえられてしまった。


「おい、忘れもんだよ」


メイユウは、ランレイを押さえ付けたまま、一振りの長物を放り投げた。


それは、長い柄の先に湾曲した幅広な刃が取り付けられたもので、よく見ると刃の部分に青龍の装飾が施されていた。


「武人が得物を忘れちゃマズいでしょ?」


「そうだ……武人たるもの、自分の命ともいえる武器を忘れるなど……」


ランレイは急に深刻な顔をし始めたシャンシャンを見て、とても嫌な予感がしていた。


「ましてやこの武器はわが運命の人メイユウが作ってくれた青龍偃月刀……。あぁッ! 私はなんてことをッ!?」


頭を抱えて俯き、唸り続けるシャンシャン。


ランレイは嫌な予感を通り過ぎて、この後シャンシャンが何をするかがわかってしまった。


「くっ……殺せ! 私は生き恥をさらしたくないぃぃぃッ!」


そして、シャンシャンの体はバラバラになった。


ジャンク屋メイユウの前で、彼女の長い手足と綺麗で整った顔が四散する。


「やっぱりね……。こうなると思った……」


「さてと。じゃあ、わたしは一眠りするからあとよろしく~」


「おい、待てよ……」


バラバラになったシャンシャンを放って――。


家の中に戻ろうとするメイユウを止めたランレイは、またシャンシャンの体を直すように彼女へ言うのであった。

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