第23話

ランレイとシャンシャンは工房から出て廊下を進む。


ローフロアにしてはめずらしい一軒家であるジャンク屋メイユウではあるが、二人が進む廊下は人一人がようやく通れるくらいの幅しかなかった。


木の板の床も、シャンシャンが歩を進めるたびにミシミシと鳴り、まるで圧迫感を煽っているようだ。


しかし、それは機械猫の体であるランレイにとっては関係ない。


彼女の体は人間型のシャンシャンよりも軽く小さいのだ。


当然廊下も狭く感じないし、歩いても床は鳴らない。


――のだか、彼女は、シャンシャンが前にメイユウの助手をしていたと聞いていたので、この家に人間が二人で住むのは狭すぎるのではないかと思っていた。


「うん? どうした猫くん? じゃなかったランレイ」


言い間違いするところをみると――。


どうやらシャンシャンは、まだランレイの名を呼ぶのに慣れていないようだった。


ランレイは特に気にせずに、首を左右に振って何でもないと返事をする。


実は、壁に手を当てて歩くシャンシャンの姿を見たランレイは、やはり窮屈そうだと思っていた。


だが、そのことは言わずに彼女の前をスタスタと歩いていく。


そして、少しだけ気になっていたことを訊ねた。


「シャンシャンは好き嫌いとかないの?」


「心配してくれているのだな。安心してくれ。私に嫌いな食べ物などないぞ」


ガハハと豪快に笑うシャンシャンを見て、ランレイはまた同じことを思い出していた。


シャンシャンは元メイユウの助手なのだ。


当然あの味がケッチャプしかしないメイユウの料理のことは知っているはず。


むしろ食事を用意していると聞いて、喜んでいるのだからメイユウと同じ悪食かもしれない。


(……前に一緒に生活してたんだし、いらぬ心配だったかな)


内心でそう思ったランレイは、はぁと小さなため息をつく。


メイユウといい、シェンリアといい、機械猫の体になって知り合った人物のほとんどが舌バカというのはどうなのだろう。


一応『定食屋 飲みだおれ』の店主兼看板娘のリーシーはまともだと思われるが、なんだかこのままだと自分の味覚もバカになってしまうのではないかと不安にかられたいた。


何故機械の体なのにどうしてこんな心配しなければならないのかと、ランレイはどうでもいいことに悩む自分に嫌気がさす。


「やっと来たね。食事ならできてるよ」


ランレイとシャンシャンがキッチンに入ると、普段はしまってあるテーブルの上に小皿、大皿とたくさんの料理が置かれていた。


きっとメイユウがシャンシャンもいるということで、いつもよりも品数を増やしたのだろう。


鶏肉、きゅうり、長ネギが乗る皿はバンバンジーだろう。


それに並ぶのは香ばしい湯気がたつスープ。


さらには春雨と野菜を煮たものや、ニンニクの匂いが食欲をそそる餃子などが見える。


「すごい!? メイユウってこんな料理も作れたんだね!」


「なんかトゲのある言い方だな」


ランレイがそういうのもしょうがない。


いつもメイユウが作る料理は、茹でた麺や野菜、肉にただケッチャプをかけるだけなのだ。


嬉しそうに驚くランレイの言葉を聞くだけで、今日のメイユウは、料理にかなり気合いを入れていることがわかる。


「わぁ~ホントに美味しそうだ!」


「料理のできはもちろん素晴らしいが、私は久しぶりに食べるメイユウの料理に喜びを隠しきれん!」


溢れるほどの笑顔見せるランレイとシャンシャン。


二人があまりにも嬉しそうにするので、メイユウがめずらしくも恥ずかしそうにしていた。


「まさか、そんな喜んでもらえるとはね。これからはもうちょっと頑張ろうかな。そうだ! 最後に一味足さなきゃ」


だが、次の瞬間――ランレイは悲鳴をあげることになる。


何故ならばメイユウのいった最後の一味とは、赤い調味料――トマトケッチャプだったからだ。


先ほどまで美味しそうだった料理たちが、まるで大きな戦争に負けたみたいに真っ赤に染まった。


「ぜんぜん一味じゃないよッ!」


メイユウは、叫ぶランレイのことなど気にせずに、鼻歌を唄いながら三人分の小皿を置いていくのであった。

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