第12話
バンシーを送った後――。
メイユウとランレイはシェンリアの家に来ていた。
彼女の部屋には、一昔前のパソコンから最新式のグローブ型のインターフェース。
さらにはハイフロアにしかない、宙に映像を映し出すことができるコンピューターもあった。
さすがその道では有名なハッカー。
揃えているガジェットのレベルが違うと、ランレイは周りを見渡しながら感心していると――。
「うん。まあ、そういうワケよ。だから手を貸してくれ」
「なんでアタシがお前の仕事を手伝わなきゃなんねえんだよ!」
メイユウは、シェンリアの家に入るなり、今回の仕事の説明をした。
そして、ガイノイドを捜すため、ローフロア中にある電子機器のデータから何か手掛かりになりそうなものを見つけるようと。
「もちろんタダじゃない。ちゃんと報酬は出すよ」
だが、当然というべきか。
シェンリアはたとえ報酬が出ようが手伝うわけないだろうと、その要求を突っぱねる。
「だいたいアタシは怠け者のお前と違ってしっかり稼いでんだよ。多少の金でそんなメンドーことできるか」
「あれ~いいのかな? そんなこと言って」
メイユウはそう言いながら懐にある小さな瓶をそっと出した。
それを見たシェンリアは、その瓶から目が離せずにいる。
「そ、それはまさかッ!?」
「そう、あんたが欲しがっていた粗挽きマスタードだよ」
粗挽きマスタードはローフロアでは手に入らず、ハイフロアでもめずらしい一品である。
マスタード好きのシェンリアにとっては、喉から手が出るほど欲しいものだ。
「わたしはこいつを大量に持っているんだ。もし手伝ってくれたら報酬にこの瓶詰めを五個あげよう」
「いや、瓶詰め十個よこせ」
「七.五個」
「七.五個ってなんだよッ!? じゃあ八個でどうだ?」
「ふむ。まあ、この辺が妥当だね。よし、粗挽きマスタードの瓶詰め八個でお願いするよ」
そしてメイユウは、前払いと言って懐から粗挽きマスタードの瓶詰めを四個シェンリアへと手渡した。
食べ物に対して、特にこだわりのないランレイはそんな二人を見て「なんだかなぁ……」と、遠い目をしていた。
シェンリアは粗挽きマスタードを受けとると、部屋にあったパソコンを起動させる。
すると、浮かび上がる映像の数々。
その宙に浮かんでいる立体映像を見るに、どうやらローフロアの道を映しているようだ。
「す、すごい……。こんなの初めて見た」
「おいおいランレイ。こんなのハイフロアじゃフツーだぜ? まあ古いガジェットにも良さはあるが、効率を考えたら最新機器に敵うものはねぇからな」
部屋中を埋め尽くす映像に心を奪われているランレイへ、シェンリアが持論を語っていた。
なんでもこの最新式のガジェットを導入してからはイスに座らなくても仕事ができるため、腰痛でのトラウマもなくなったようだ。
「じゃあ、何かわかり次第連絡するぜ」
「ええ、お願いね」
そして、メイユウとランレイはシェンリアの家を後にした。
よく考えたら二人にとって久しぶりの外だが、相変わらずネオン看板がそこら中を照らしていて、ここは地下だというのに眩しいくらいだった。
「なんだがシェンリアのおかげで早く見つけられそうだね」
「そうね。ようは、“持つべきものは他人の弱点”ってワケ」
「それって“持つべきものは友”の間違いじゃないの?」
「そうとも言う」
ランレイは、メイユウの言葉に少し呆れながらも会話を続けた。
どうしてマスタード好きでもないメイユウが、そんなめずらしい粗挽きマスタードなんてものを大量に持っているのか?
ランレイにはそれが気になっていたようだ。
「自分の身近にいる人間の弱味を把握することは大人の嗜みだよ」
「それじゃまさかリーシーとか、他の人のも……」
「もちろん。わたしに抜かりはないってワケ」
「大人って……怖い……」
ランレイは思い出していた。
そういえばこの女は、善意で自分のことを救ってくれたと思いきや、勝手に機械猫の体を与え、その体の代金を払えと言うような人物なのだ。
他人の弱点や弱味を把握することなど、呼吸をすることくらい当たり前だろう。
「さて、これでまたゆっくり寝れるわ」
あくびをしながら先を進んでいくメイユウ。
そんな彼女の背中を見たランレイは、この先の未来に不安を感じながら立ち尽くしてしまうのであった。
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