第11話
コツコツとしたハイヒールの歩く音がする。
声と足音からして、着替えてきたメイユウた。
ランレイは、やっと仕事の話ができると思って出入り口のほうを見た。
「な、なんでッ!?」
メイユウは酷かった寝癖を直し、サラサラの髪をなびかせてそこに立っていた。
いや、それだけではない。
先ほどまでのゆるみきった表情も、完璧にほどこされた化粧によってまるで別人のようになっている。
彼女が着ていた服は、ランレイがよく知っている胸元が大きく開いたチャイナドレスだったが、そのあまりの豹変ぶりに開いた口が塞がらなかった。
「こんにちは。わたしが機械技師メイユウです」
腰をくねらせ近づくメイユウは、そのまま頭を下げ、前屈みになって客の前で止まった。
「いきなりエロで媚びてきたッ!?」
ランレイがそう言うのもしょうがない。
メイユウは自分の胸の谷間を、わざわざ客に見えるように屈んでいるのだ。
しかも、妖艶な笑みを見せながらの上目遣いである。
ランレイには、何がそこまでメイユウを媚びさせているのかがわからないでいた。
「あなたがメイユウさんですか? 実は……折り入って頼みたいことがあるんです」
そんなイヤらしいメイユウなど気にせずに、スーツ姿の客は早速仕事の話をしようとしていた。
メイユウは空気を読んでか、すぐに表情をキリっとさせる。
「では、早速お聞かせ願いましょうか」
誰だよ、あんた――。
と、ランレイは、そのあまりの変わりっぷりに内心で毒づいたが、ようやく仕事の話になりそうだったので何も言わないでおいた。
「はい。まずは私の名前を――」
スーツ姿の人物は、名をバンシーと名乗った。
なんでもクーロンシティのハイフロア――。
つまりはメイユウたちが住む地下にあるローフロアの上から来たのだと言う。
ランレイは、どうりで身なりが良いはずだと、改めてバンシーの姿を見た。
その顔は第一印象で感じたように眉目秀麗。
体形に合ったスーツをビシッと着こなし、髪は長いが清潔感があり、綺麗に整っている。
身長は成人男性よりも高い。
年齢はメイユウよりも少し上の二十代後半くらいだろうか。
それに細身ながらも姿勢が良いせいか、どことなく王子さまのような雰囲気を漂わせていた。
(なるほどね。メイユウはこういう色男に弱いんだ……。そういえば動画でもそんな男の人ばっか出てるの見ていたし)
ランレイは、メイユウが急にやる気を出した理由に気が付いて、「なんだかなぁ……」と、大きくため息をつくのであった。
「バンシーさん。あなた、ハイフロアからここへ来ることが禁止になっていることを知っていて来たのですか?」
意外にもメイユウがバンシーを問い詰めている。
もっとデレデレになって、適当に依頼を受けると思っていたランレイだったが、そんなメイユウの姿に驚いていた。
「もちろん知ってはいました。だけど、彼女が何故かローフロアへ行くと伝言を残していなくなってしまったので……」
バンシーはハイフロアでも知る人ぞ知る劇団の舞台俳優をやっているそうだ。
なんでもそのパートナーであるガイノイド――つまり女形のヒューマノイドが、突然電子メッセージを残して行方不明になった。
そのガイノイドが姿を消した理由はわからないが、バンシーは自力でこのローフロアにガイノイドがいることを突き止め、そしてジャンク屋メイユウの店に来たのだと言う。
「ローフロアで困ったらここへ行くと良いと、ある定食屋の人から聞きました」
――リーシーだな。
バンシーのその言葉を聞き、メイユウもランレイも同時に同じことを心の中で思った。
「お願いです。どうか彼女を見つけてください」
バンシーがメイユウに依頼していることは、ハイフロアでは特にめずらしい話ではなかった。
学習型のAIが搭載されているアンドロイドが、ある日突然失踪してしまうのは、現在社会問題になるほどである。
「彼女は……私の家族同然なんですッ!」
だが、こうやって――。
バンシーのように、ハイフロアの人間にとって禁止区画であるローフロアまでやって来る人間は多くはない。
「オッケー。その依頼、引き受けました。機械のことはこのジャンク屋メイユウにお任せください」
メイユウは笑顔でそう言うと、バンシーと連絡先を交換し、一刻も早くハイフロアへ戻るように言うのだった。
ハイフロアの人間が、あまり長くローフロアにいると捕まってしまうというのもあったが、なによりここは法律がない無法地帯だ。
身なりのいいバンシーには、どう考えても危険ところである。
バンシーをハイフロアへと続くエレベーターへと送り、その帰り道でランレイがメイユウへと訊ねる。
「なんかあたし勘違いしていたよ。機械技師とかジャンク屋っていうから、てっきり修理とか義体のオーダーメイドとかするのかと思ってた」
義体とは、人間の手足やその各部分に使用される義肢、人工臓器など、体の機械化を意味する言葉である。
ここローフロアでも当たり前に見かけ、ハイフロアでは最近脳以外の機械化――全身義体が流行中なんだとか。
「そういうのもあるけどね。一番多い依頼は家庭用のペットロボの捜索とかかな」
「ふ~ん。そうなんだ。それで、どうやってバンシーさんのガイノイドを捜すの? 一口にローフロアにいるって言っても結構広いでしょ?」
「へーきへーき。わたしにはそういうのが得意な知り合いがいるから」
「うん? 知り合い?」
小首を傾げたランレイを置いて先へと歩くメイユウ。
彼女はちょっと寄り道をすると言って早足になっていった。
「ああ~! ちょっと待ってよメイユウッ!」
ランレイはそんな彼女の背中を、慌てて追いかけるのであった。
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