第9話
次の日も――。
そのまた次の日も――。
メイユウが寝床から動いて働こうとする様子はなかった。
このところ、唯一の外出先であったリーシーの店『定食屋 飲みだおれ』や、ケッチャプや製麺を買いに行く『グルメショップ 食いだおれ』でさえ行っていない。
ようは、完全に引きこもっているだけだ。
「ねえメイユウ。いい加減に仕事しようよぉ」
ランレイは、それでもめげずにメイユウへ声をかけていた。
朝、昼、晩と毎日。
だが、メイユウは相変わらず飄々した態度で、彼女のことを煙に巻く。
「だから、依頼が来ないんだからしょうがないって何度も言ってるじゃないの」
「だったら外へ出て営業をかけよう。ただ待っているだけとこっちから行動するのは全然ちがうよ。きっとそれが結果にも繋がるだろうし」
「ああ~そういう無理だから。わたし、足を使って売り込むとかそういうことできない人だから」
その、何か真面目に働かないことが偉いかのような態度に、ランレイは段々と苛立っていた。
(ここで怒っちゃダメだ。でも……一体どうすればメイユウに働く意欲を起こさせることができるんだろう?)
考え込んだランレイは、突然ポンッと手を打ち鳴らす。
(そうだ! この手なら!)
どうやら何か閃いたようだ。
「でもこのままじゃお金が尽きちゃうよ。今ある食べものだっていつまでも持つか……」
経済的に問題が出てくるとわかれば、このだらしない女も少しは危機感を持つかもしれない。
ランレイは、我ながら良いアイデアだと内心で自画自賛しながらメイユウへと言った。
「へーきへーき」
だが、メイユウが動じることはなかった。
変わらずに一昔前のコンピューターで、どうでもいい動画を見続けてながら返事をする。
「キッチンの床にある扉を開けてみな」
ランレイは、メイユウに言われたままキッチンへと向かい、床にあった収納の扉を開けてみた。
「ああ……やっぱり……」
床下の収納ボックスには、これでもかというほどの瓶詰めのトマトケチャップが詰めてあった。
その目が痛くなるほどの並ぶ赤い瓶詰めに、ランレイは辟易とする。
「ああぁぁぁッ! ともかく仕事をしないとあたしの借金が返せないじゃないか!」
「あのねぇランレイ。借金を催促されないってことはとても運がいいことなんだよ。つまりあんたが金を稼ぐまでわたしは待ってあげるってワケ」
「あたしは早く借金を返して人間型の体に手に入れたいんだよ! これこそ何度も言ってるじゃないか!」
我慢の限界が来たのだろう。
それまでなんとかメイユウのやる気を引き出そうとしたランレイだったが、ついに喚き散らし始めた。
さすがのメイユウもやれやれとかったるそうに体を起こして、彼女のほうを向く。
「そんなにあせっても良いことないよ。人生は長いんだ。だいたいなんでそんなに人間型の体にこだわるワケ?」
ずっと横になって動画を見ていたメイユウが、ようやくこちらを向いたためか、ランレイは喚くのを止めて彼女のことを見つめる。
そして、何か言葉にしづらそうな仕草をしながら、ゆっくりとその口を開いた。
「……夢があるの」
「夢……? どんな?」
ランレイは呟くように返事をすると、小首を傾げながら訊ねるメイユウに話し始めた。
まだ両親が生きていた頃――。
よく眠る前に父や母が話してくれた物語が好きだった。
魔法を使える国の話や、辛い境遇にもめげずに生きる主人公の冒険の話が特に大好きだった。
それからたくさんの物語を、自分から読んだり観たりするようになった。
ハッピーエンドもバットエンドも――。
明るい話も暗い話も――。
どちらともいえない話もいっぱい知った。
ランレイは、物語が自分に夢と現実を教えてくれたのだと、弱々しく言う。
「……あたし……物語を作る人になりたい……。だから、早く人間型の体を手に入れたいんだよ……」
「なるほど。だからあんたはそんなに前向きなんだね」
「え……?」
「だってやりたいことがあるから、両親が死んでも人狩りに売られそうになっても機械猫の体になっても、絶対にブレないもんなぁ」
メイユウの態度に、ランレイは驚きを隠せないでいた。
それは、絶対に笑われると思っていたからだった。
物乞いをする前――。
まだ比較的まともな生活をしていた頃――。
よく自分の夢の話をしてバカにされることが多かった。
あと他人に関心のなさそうなメイユウが、こんな風に言ってくれるなど思ってもみなかったのだ。
「安心しなよ。そのうち絶対あんたに人間型の体をくれてやるから」
「ホントにッ! ホントにッ!」
「ああ。だけど精巧な人間型の体を作るのは金がかかる上に手間もかかるんだよ。だからすぐにとはいかないってワケ」
「約束だよ! 絶対破らないでよ!」
「はいはい。わかったわかった」
借金をしている相手のいうことを、鵜呑みにするのはどうかと思っていたが、ランレイは嬉しかった。
それは、メイユウが自分の夢を肯定してくれているように感じたからだった。
たとえ彼女のその場しのぎに適当なことを言っているとしても、今までランレイの夢をバカにしなかったのは自分の両親だけだ。
嘘でも喜んでしまうのはしょうがないことかもしれない。
そのとき――。
このジャンク屋の呼び鈴が鳴った。
その音を聞いたランレイは、垂れていた耳と尻尾を立たせ、顔をさらに明るくする。
「きっとお客さんだよ。あたし、出てくる。メイユウはその間に着替えて」
ランレイは、ほぼ下着姿同然のメイユウに着替えるように言うと、玄関へと走り出すのだった。
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