第8話

メイユウがランレイを連れ、リーシーの店『定食屋 飲みだおれ』へ行ってから数日後の朝――。


ランレイは早くから目を覚まし、部屋の片付けに勤しんでいた。


機械猫の体にもだいぶ慣れてきたようで、人間と猫の良い部分を合わせたような動きを見せている。


適当な布を棒の先に束ねてはたきを作り、パタパタとホコリをとったかと思えば――。


次はその軽く柔らかい体を活かして、狭いところや高い場所の掃除も行っていく。


「もうその体には慣れたみたいね」


掃除中のランレイにメイユウが声をかけた。


ランレイは集めたゴミを袋にまとめながら返事をする。


「まあね。でも、今どき掃除用のAIも持ってないなんて変だよ。どこの家でも標準装備なのにさ」


「よそはよそ、うちはうち。そんなにAIがほしいなら他んちの子になりなさい」


「お母さんみたいなこと言うなら自分で掃除しろッ!」


ランレイはメイユウの言い草に怒鳴り返したが、いつものように暖簾に腕押し――。


彼女の飄々した態度であしらわれてしまう。


「そういえば訊きたかったんだけど」


「なに? 性癖とかじゃなきゃ答えるよ」


「いや、そんなの訊かないし……」


呆れながらもランレイは、リーシーの店で会った、マスタード好きのハッカーシェンリアがどのような人物なのかを訊ねた。


「あのマスタード女について知りたいの?」


「うん。なんか今後も関わりがありそうだから、いろいろと知っておいたほうがいいかなと思って」


訊かれたメイユウはなんだそんなことかと、面倒くさそうにしたが、渋々彼女について話し始める。


シェンリアは、このクーロンシティ――ハイフロア、ローフロア両方の区画でそれなりに名の通ったハッカーである。


頼まれれば、報酬次第でどんな情報でも盗んでくるという凄腕の持ち主。


「だけどあいつには……とんでもない問題があるんだよ」


「問題? なにか病気とか?」


「うーん、病気というか持病というか……」


メイユウは言葉を濁しながらも話しを続けた。


なんでもシェンリアは、仕事柄か腰痛持ちだった為、下半身の一部を機械に変えているようなのだが――。


「機械化しているなら心配なく働けるね」


「そう、腰のほうはもう何も問題ないのだけど。長時間イスに座っていると、いつあの腰への痛みが襲ってくるのか? って精神的にやられちゃうんだってさ」


「えッ? なにそれもったいない。せっかく有名なハッカーなのに」


「とまあそういうことで、今はあまり仕事を引き受けなくなっちゃってワケ。イヤだね~。仕事ばっかりやったせいでそんな一生残るトラウマを背負わされるなんて」


「そうか。シェンリアのことはわかったよ。それで……メイユウ、仕事のことなんだけさ……」


「うん?」


「この数日ずっと寝ているだけじゃない?」


もう午後になろうかという時間だというのに、メイユウはまだベットの中で寝転んでいた。


いや、それならまだよかったかもしれない。


今ランレイが言ったように、ここ数日の彼女は、ほとんどベットで横になっているだけだったのだ。


食事はベットの上で食べ、料理とトイレ、あとは風呂以外の時間はすべて寝ながら一昔前のコンピューターでどうでもいい動画を観ている。


「これじゃ寝たきりの老人じゃないか……」


「あのねランレイ。仕事仕事といっても依頼が来ないんだから、働こうにも働けないじゃないの? つまりわたしはこうやって体を休めて、いつどんな依頼が来ても最高のパフォーマンスができるようにしているワケよ」


「だったら規則正しい生活をしなよ。毎日栄養バランスの悪い食事ばかりだし、寝る時間も食べる時間もバラバラじゃないか」


「あのねランレイ。そんな早寝早起きが体に良いだなんてのは人によるの。だいたいあれだよあんた、そんなに必死に頑張って働いてどうすんの? わたしはイヤだねぇ。そんな馬車馬みたいな生活」


「あたしはあんたに借金を返さないといけないし、人間型の体もほしいんだよ! そのためにお金がいるのッ!」


ランレイはその後も、「仕事をしよう。ないなら探しに行こう」と言い続けたが――。


メイユウは、けして包まっている毛布の中から出てくることはなかった。


「こんなんじゃあたし、一生ここで猫のままだぁぁぁッ!」


ランレイは頭を抱えながら、この自堕落な暮らしに死ぬまで付き合わされるのかと叫んだ。

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