第6話

出された料理を見たランレイは、思わず叫んでしまった。


目の前に出されたのは、先ほどと同じ八角皿。


そこにはメイユウスペシャルと同じシェイプをした物体があった。


おそらくは――いや、もちろん十中八九焼き飯だろう。


だが、明らかに違うところがある。


それは赤いケッチャプではなく、黄色いドロドロしたものが大量にかけられていたのだ。


「こ、これって、もしかしてマスタードッ!?」


そう――。


シェンリア·スペシャルとは、ただの焼き飯にタップリとマスタードをかけただけの料理だったのだ。


ランレイは、名前を聞いた時点でまともなものではないと思っていた。


だが、まさかただかける調味料が違うだけとは思ってもみなかったのだ。


シェンリアがこの店へ来る理由も、おそらくメイユウと同じだろう。


彼女は、販売されている料理製造機では間違いなく作ってはもらえないような体に悪いものが大好物なのだ。


それからランレイは、自分がなんとか食べていたケッチャプ焼き飯――メイユウ·スペシャルと、その隣にあるマスタード焼き飯――シェンリアスペシャルを見比べた。


そして、また言い合いを始めたメイユウとシェンリアを交互に眺める。


(ああ……また悪食で変な人が増えたよ…)


そして、頑張って食べていたメイユウスペシャルの上にレンゲをそっと置くと、気分が悪くなっていることに気が付いたのだった。


「で、なんだこの猫は?」


黄色い焼き飯をレンゲで頬張りながら、シェンリアがランレイの顔を覗き込んできた。


まるで獰猛な獣が相手を威嚇するような、そんな鋭い視線を向けている。


「えーと……あ、あたしは……その……」


ランレイは、シェンリアの迫力や強面なルックスのせいでビクッと身を震わす。


それを見たシェンリアは、フンッと鼻を鳴らすと再びメイユウのほうを向いた。


「おいジャンク屋。てめえの連れかよ?」


メイユウは何も答えずに、ケッチャプ焼き飯を食べ続けていた。


もうその口の周りはケッチャプだらけになってしまっている。


シェンリアは「ケッ」と不機嫌そうにすると、レンゲを手に取って注文したマスタード焼き飯を食べ始める。


「いつも猫が食うようなもん口に入れてっから、そこら辺のガキを機械猫の体に入れちまったのか?」


どうやらシェンリアは、人目見ただけでランレイが機械猫であることを見抜いたようだ。


この機械猫の体はとても精巧な造りで、一般人には絶対に機械とはわからないはずなのだが。


ランレイはそんなシェンリアの観察眼に舌を巻いていると――。


「相変わらずやることが人権無視だねぇ、ジャンク屋はよぉ」


「違いますぅ~。死にかけていた少女を助けただけですぅ~。マスタードが脳まで達して頭がおかしくなっちゃったんじゃないの? これだから他人の箱を覗くような人間はダメなんだよ。すぐに悪いほうに考える」


「あん? 脳みそに達してんのはてめえだろ? その気色わりぃ真っ赤なメシ食ってよ。てめえの頭の中はケッチャプでドロドロだ」


「はい、またおかしなこと言った。ダメだこりゃ。もう救いようがないわ。このマスタード大好きハッカー」


いい大人が口の周りにケッチャプとマスタードをつけながら、また言い合いを始めている。


ランレイは一刻も早くこの場から居なくなりたかったが、借金がある上に人間型の体を手に入れるまではそうもいかなかった。


「うんうん、二人は今日も仲良しだね~」


「どこを見てそう思うんですか……?」


言い合いを続けているメイユウとシェンリアを見ているリーシーは、ニコニコと微笑んでいた。


そんな彼女を見たランレイは「この人も変だ……」と、ガクッと俯いた。


「なんだてめえジャンク屋ッ!? マスタードをバカにするつもりかッ!? マスタードをバカにする奴はたとえお天道さまが許してもアタシが許さねぇ!」


「マスタードはバカにしてません~あんたをバカにしたんですぅ~」


「殺す……今すぐ殺す。表出ろやケッチャプ女ッ!」


立ち上がったシェンリアに胸倉を掴まれても動じていないメイユウ。


二人の言い合いはさらに激しくなり、その言葉がこの『定食屋 飲みだおれ』の店内を埋め尽くしていった。


「誰か助けて……助けてください……」


ランレイの呟くような声は、店内でヒートアップし続けるメイユウとシェンリアの怒号にかき消されていく。


そして、そんなしょぼくれているランレイの頭をリーシーが笑顔で撫でるのであった。

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