第3話

食事を終えて外へと出たメイユウとランレイ。


剥き出しの義手や義足、そして顔面すら金属部が見える人たちが周囲を歩いている。


そんな街中をネオン看板が埋め尽くしていて、空などまるっきり見えなかった。


いや、今は午前中だというのにブロックを積み上げたような建物に囲まれた街に、ほとんど日が差さないのはここがローフロアだからだ。


メイユウたちが住むここクーロンシティは、主にハイフロアとローフロアという区画で分けられている。


ハイフロアとは、中間層ミドルクラス上流層アッパークラスが暮らす高級住宅街。


メイユウやランレイが住んでいるローフロアの上にあるフロアのことだ。


つまり、ローフロアとは、ハイフロアの地下に作られたスラム街のことである。


「……ねえ、メイユウ。買い物っていったい何を買いに行くの?」


地面にあった水たまりに写った姿を不思議そうに見て、今さらながら自分の毛柄が白と黒のバイカラーであることに気がついたランレイが、顔を上げて訊ねた。


だが、メイユウはそれに返事することはなく、無気力な足取りで人混みを進んでいく。


「ああッ! ちょっと待ってよぉッ!?」


慣れない機械猫の四足歩行のせいか――。


思ったように歩くことのできないランレイは、必死になってメイユウを見失わないように追いかけた。


先ほど述べたように、ローフロアに陽が差さないのはここが地下街だからだ。


太陽の恩恵を授かれるのは選ばれた中間層ミドルクラス上流層アッパークラスのみ。


ローフロアの住民たちは、狭い敷地に建物がひしめき合っている場所に押し込まれて暮らす下流層ロウアークラス


地下に住む人々に不満がでないわけではないが、ハイフロアと違い、ここでの管理されない自由な生活を望む者も多く、特に社会問題にはなっていない。


「ふぅーやっと追いついた。もうっ、まだ猫の歩き方に慣れていなんだからもうちょっとゆっくり進んでよね」


「あのねぇ。そんな甘いこと言っていたら、いつまで経っても仕事なんてできないワケ。わかるでしょ?」


「いきなり猫の体にされた途端に働けるかッ!」


「だから心構えの問題なワケよ。まあ、なによりもまずは体の操縦に慣れる。そして仕事してわたしに楽をさせる。それでようやくあんたの番ってワケ」


「だったらせめて人間型の体をよこせッ!」


メイユウの言葉を聞いたランレイは、人目もはばからずに喚き出した。


彼女は無意識なのだろう。


その喚く声は「ニャー!」とか「シャー!」とか、猫の鳴き声そのものだった。


「人間型は組み上げるのに時間がかかる上に、なによりも部品が高いのよ」


「でも、ここまで精巧な造りの機械猫のほうが高いんじゃないの?」


「ああ、それは趣味だから。わたし、趣味と休息が人生で最も優先すべきものだと思っているからね。勤労や奉仕なんてクソくらえってワケ」


「……とりあえずメイユウが猫好きなのはわかったよ」


ランレイは、この目に濃い隈がある女の話を聞きながら、さらに先行きが心配になっていた。


この目が死んでいる女は自ら、“私は向上心の欠片もない怠け者です”と自己紹介をしてきたのだ。


部屋の散らかり具合や出された料理を思い出すと、この女のだらしなさは筋金入りだ。


自分は、本当に借金を返して人間型の体を買うことができるのか?


いや、その前にこの自堕落かつ無気力な女に仕事なんてあるのか?


死にかけていた自分の意識を機械猫へと移したのを考えると、この女の機械技師としての腕はたしかなのだろう。


だが、率先して金を稼ぎたいタイプではなさそうだ。


(これからどうなっちゃうんだろ……あたし……)


腹を満たしたばかりのときは楽観的に、そして前向きに今後を考えようとしていたランレイだったが、メイユウのことを知れば知るほど不安に襲われた。


「着いた。この店よ」


そして目的の店に到着。


外観は、他の建物とと同じように積み上げられたブロックの一階にあった、とても商売っ気があるとは思えない店だった。


だが、安っぽいネオン看板だけはピカピカと派手に輝いている。


「『グルメショップ 食いだおれ』……?」


その看板の文字を読んでいたランレイを置いて、メイユウはスタスタと店へと入って行った。


「ああッ! だから待ってってッ!」


慌てて追いかけたランレイが、その店に入って中を見渡すと――。


薄汚い店内にぎっしりと詰め込まれた水槽の中で泳ぐ薄気味悪い魚や、粥や肉、野菜と文字が書かれた缶詰めが山積みに置いてあった。


その中をスタスタと進んでいくメイユウの後を、ランレイはついて行く。


メイユウは足を止めると、目の前にある棚を漁り始めた。


「チッ、なんだよ。リコピン増量タイプないじゃん」


「買い物って……ケチャップだったの……?」


あれだけ料理にトマトケチャップをぶっかけるのだ。


そりゃすぐに無くなるよなと、ランレイが呆れていると――。


「な、なんでッ!?」


メイユウは棚にあったトマトケチャップを、すべて手に取ったカゴへと投げ入れた。


空っぽだったカゴが、瓶詰めのトマトケチャップで溢れんばかりに埋め尽くされていく。


「ぜんぶ買うのかッ!」


声を張り上げるランレイなど気にせずに、ただ黙々と瓶詰めのケチャップに手を伸ばすメイユウ。


その数は三、四個というものではなく(いや、そもそもそんなにいらないが)。


カゴには三十、四十個以上の瓶詰めのトマトケチャップが入れられた。


「ねえおばちゃん。最近リコピン増量タイプがないじゃない? 頼むよホント」


そんなランレイを無視して、店主である中年の女性に代金を払うメイユウは、目当ての商品を入荷するようにお願いしていた。

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