第2話

猫の体になってしまったランレイは、しょぼくれたままボロボロのソファの上に寝転んでいた。


無理もない。


人狩りに攫われて売られたかと思えば、いきなり借金を背負わされて働かされるのだ。


誰でも俯いてしまうのもしょうがないだろう。


「まあ、これでも食って元気だしなよ」


そんな彼女を気遣ってか、メイユウが何か食べ物を運んできてくれた。


よく考えたらメイユウは命の恩人でもあるし、売られそうになっていた自分は助けられたのだ。


機械猫の体になってタダ働きをしなければならなくなったとはいえ、今まで物乞いをしてきた暮らしよりいいかもしれない。


ランレイがそう思いながら、テーブルに置かれた丼を覗き込むと――。


「な、なにこれ……?」


その丼には、細くほぐれた麺の上に、赤いドロドロしたものがかかっていた。


大量にかけられた赤いものは何かの調味料だろうか?


これでは本当に猫のエサだと、ランレイは表情を強張らせる。


「ちょっとッ!? いくらわたしが猫の体だからってこれは酷いんじゃないッ!」


苦情を言うランレイ。


ただ茹でた麺に調味料をかけただけなんて、手を抜くにもほどがある。


物乞いをしていたときでさえもう少しまともなものを食べていたと、彼女は叫んだ。


「えッ? なんだよ、好き嫌いは感心しないぞ」


文句を言われたメイユウは、もう一つ同じ赤いドロドロしたものがのった丼をテーブルに置いた。


「お前のも猫のエサかッ!?」


驚くランレイの目の前で、メイユウは実に美味しそうにその赤いドロドロしたものがのった麺をズルズルとすすり始めていた。


その赤い調味料はトマトケチャップだ。


メイユウはどんな料理にもケチャップを恐ろしいほどかける悪食である。


「う~ん! やっぱケチャップ麺は最高だわッ!」


この世界での料理は、基本的にすべて機械が作ってくれる。


だが、売られている料理製造機は高く一部の裕福な者だけが持つ家電製品だ。


メイユウが自分で料理をする理由は、家電を買えないという経済的な事情もあったが――。


何よりも売られている製造機は、健康的な食べ物しか作れず、メイユウの好む味付けのものが作れないという理由もあって、彼女は不便ながら自分で料理を作っていた。


「ほら早く食いな。その体でもお腹は空くんだから」


ランレイの機械猫の体にはエネルギー変換炉があり、食べたものをすべてエネルギーに変えられる。


これは、人体で置き換えれば消化という行為と同じである。


口から摂取した食べ物は、100%エネルギーに変換されるので廃棄物を排出する必要がないため、排尿、排便をすることはない体だ。


だからトイレへ行かないというだけで、基本的には普通の生き物と同じである。


「まあ……悪意はないみたいだから、いただきます」


ランレイは渋々ながらも、善意で食事を出してくれたメイユウに悪いと思い、真っ赤なケチャップのかかった麺を食べ始めた。


「どうよ、旨いでしょ? こいつは麺の茹で加減が難しいんだよね。あとリコピン増量タイプのケチャップじゃないとこの味はでないんだよぉ」


「よくわからないけど、わたしにはケチャップ味の麺でしかないよ……」


ランレイの言う通り――。


どう調理しようが、これだけ大量のケチャップがかけられたその麺には、当然トマトケチャップの味しかしなかった。


猫の体のせいで、いつものように食事を取れないランレイを見たメイユウは、そっと彼女にフォーク渡す。


「えッ? でもこの手じゃ何も持てないよ」


「大丈夫大丈夫。試しに持ってみな」


ランレイは、疑いの眼差しを向けながら、渡されたフォークに触れてみた。


すると、驚くことにフォークが手に吸い付く。


そして、自分の意思で手放したりもできた。


「すごいッ! いったいこれどうなってるの!?」


驚くランレイを見たメイユウは、ズルズルと麺をすすりながら説明を始めた。


その機械猫の手足には、引力のような強電磁界という特殊な力場を発生させて、本人の意思でなんでも吸い付けることができるようにしてあるのだそうだ。


「そんな高度な技術できた機械猫がこんな寂れた店にあるなんて……。メイユウ……。あなた、もしかしてハイフロアの人なの?」


ランレイが恐る恐る訊ねると、メイユウはソファから立ち上がり、食べ終わった丼をキッチンへと持っていってしまった。


何か気に触ったのかな?


勢いで言ってしまったが、訊かなければよかった……。


ランレイがそう思っていると――。


「それ食べたら買い物へ行くよ。ほら、さっさと平らげちゃって」


メイユウは特に不機嫌なことはなく、変わらずやる気のない声を返してきた。

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