シスターフッド~機械の猫にこんにちは
コラム
第1話
もはや物語を作ることは人間のやることではなくなった。
いや、それだけではない。
労働もスポーツも格闘技などのエンターテインメントも、今やすべてが人工知能が行うことが当たり前である。
だが、そんな世界でも自ら物語を作ろうとしている者がいた。
「うぅ……ここは……どこ……?」
その者の名はランレイ。
早くに両親を亡くし、これまで物乞いをして生きてきた少女だ。
ランレイは、まだぼんやりとしている状態で周囲を見渡した。
そこには見慣れない機械や触ったこともない電気工具が転がっていて、ずいぶんと散らかっているところだった。
「こんにちは。どうやら目が覚めたみたいね」
ランレイは声をするほうを見た。
そこにはこの場所に不釣り合いな、胸元がよく見えるチャイナドレスを着た女性が立っている。
さらに、近づいて来るその女性をよく見ると、背が高くスタイルもいいことがわかった。
年齢は二十代前半くらいだろう。
その顔はとても整っていたが、目には濃い隈がある。
「あ、あなたは……誰ッ!? あたしはどうしてこんなとこにいるんですかッ!?」
状況が全く理解できないランレイが大声をあげて訊ねると、その女性は覇気のまるでない顔を向けていた。
やれやれだとか、そういう呆れている感じではなく、ただ面倒くさそうにしている。
説明がないため、戸惑うランレイだったが、自分の体を起こしてみるとあることに気がついた。
「え……えぇッ!? なにこれッ!? どうしてこんなに毛むくじゃらなのッ!? というかこの体まるでッ!?」
自分の体がおかしいことに気がついた彼女は、喚き散らし始めた。
モフモフで毛だらけの小さな体。
関節が緩やかに動く手足。
そして、頭に生えている耳――。
これではまるで猫ではないかと。
「はい。とりあえず静かにしようか」
女性がやる気なく言った。
だが、ランレイは自分の体が猫になっている事実に耐えられず、彼女を無視して喚き続ける。
「静かにしろって……言っただろうがッ!」
突然声を張り上げた女性が、ランレイの目の前にマイナスドライバーを突き立てた。
喚き続けていたランレイだったが、その殺気のこもった一突きにより、恐怖で黙る。
「いいかい? あんたの元の体はもうボロボロで使い物にならなかったんだ。だから、わたしの家にあったその機械猫の体に人格と記憶を移したってワケ」
「えッ!? そ、そんなの困るよッ! 早く人間の体に……ううん、機械でもいいから人型に戻してッ!」
何故自分が猫の体になっているのかを知ったランレイは、ビリビリと電気が流れているドライバーに怯まずに怒鳴り返した。
女性は口元を歪めてチッと舌打ちすると、ランレイの首根っこを持ち上げる。
「その前に、あんたの人格と記憶を移した処置と、その機械猫の体の代金を払ってもらうおうか?」
「そんなのあたし頼んでないよッ! あなたが勝手にやったことなのに、なんでお金を払わないといけないんだッ!」
つまみ上げられながらランレイは暴れた。
その姿は、まんま嫌がる猫そのものだ。
「オーケーオ―ケー。文無しってワケね。だったら親に払ってもらおうか。あんたの家はどこ?」
「あたしの親は……もういない……」
ランレイは、それから自分の素性を話し始めた。
両親は自分が幼いときに亡くなっていること。
それまで物乞いを暮らしてきたこと。
ここで目覚める前は、街の人狩りに捕まってどこかへ売られそうになっていたことを――。
頭に生える耳を垂れさせながら言う。
「ふーん。じゃあ、あんたはこれから売られるところへ運ばれていたワケね。そこで運がいいんだか悪いんだが、事故にあったんだ」
「たぶん……」
「で、わたしが辛うじて生きていたあんたにその体をやって、話は戻るワケなんだけどさ」
「でも……あたし……お金ないよ……」
そう言われたランレイは、耳を寝かしたまま弱々しく返事をした。
女性はそんな彼女の同情したのか、首根っこを離し、そっと処置台の上に戻す。
そして、ランレイが顔を上げると――。
「ないなら働いて返してもらうよ。今日からあんたはわたしの助手だ。名前を教えて」
「ランレイだけど……そ、それって……あたしにこの猫の体のままここで仕事しろってことッ!?」
「まあ、そういうワケね。わたしはメイユウ。このスラム街で機械技師をして食い繋いでる。ではランレイ、これからこき使ってやるから覚悟しておきな」
「えッ!? えぇぇぇッ!?」
こうして機械猫の体となった少女ランレイは、機械技師の女性メイユウの店でタダ働きをすることになってしまった。
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