最終話 花火の光に包まれて──

美唯みゆ視点】



 ここは花火大会会場のとある穴場。人気は無いが、花火は綺麗に見えている。


「今こっち向かってるってさ」

「……うん」


 舞香ちゃんに来た連絡を知らされて、かなりの緊張が走る。

 もうすぐ、もうすぐウタくんが来るんだ。

 高鳴る胸の鼓動が、遠くで聞こえる花火の音を阻んでいる。


「……しかし、なんで今日はメガネ?」

「まぁ、なんとなく?」


 いや、ちゃんと理由はある。

 これは昔の自分を思い出してもらうためのもの。あの頃から彼が好きだった自分が、ここで待っているという象徴だ。


「あっそ。でもまぁいいんじゃない? 似合ってるし!」

「そ、そう?」

「うん」


 自信を持って舞香ちゃんが頷くと、こう続けた──。


「だってアンタの目が、しっかり輝いて見えるから」

「……ありがと」

「今日は準備万端って顔ね?」

「そ、そんなことは……」

「大丈夫だって!!」


 思いっきり背中を叩かれて、思わず前に足が動く。

 その後、うしろを振り向くと舞香ちゃんは本当に大丈夫だというのが伝わる表情で私を安心させてくれた。


「それじゃあ私、颯人はやとくん探しに行くね」

「わかった」

「……ちゃんと想い、ぶつけなさいよ?」

「……うん!!」



 〇



 木々に囲まれた静かな場所で、私は一人、彼が来るのを待っていた。

 花火を見て気持ちを落ち着かせるが、どうも難しい。

 久しぶりにつけたメガネは鼻に当たる感覚が気になって落ち着かないし、後のことを考えてしまって余計に気持ちが安定しない。


「……この浴衣、似合ってるかな」


 今日は白の生地に朝顔の花が描かれた浴衣。

 対するウタくんはどんな姿で来るのだろう?

 張り切って浴衣で来るのかな?それともいつも通り、ラフな格好なのかな?


 そんなことを考えていると、何故か緊張が和らいでいった。

 きっと彼が現れたらまた緊張するだろうけど、今は平常心でいられそう。


 だから私は、難しいことを考えるのをやめた。

 ずっと、ウタくんのことを考える。どんな服装、どんな髪型、どんな表情で、彼が来るのだろう──。


「……えっ?」


 突然、花火が鳴りやんだ。

 まさか、終わってしまったのだろうか? もしそうだったら、私はまた想いを伝えられず……。


 抱いていた緊張が不安に変わり、今にも泣きそうになる。


 ──そのときだ。




ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 突然の大声に、私は振り向いた。

 聞こえてきたのは、聞き慣れた男の子の声。だけど彼から発されたのは、聞き慣れないワードだ。

 倉坂くらさか──それは私の旧姓。


 だから思う──どうしてあの人が、私をその名前で呼んでるの?


「はぁ、はぁ……」


 荒くなった息を整えた彼が頭を上げる。

 そして私は驚いた。


「……ウタ、くん?」


 だってそこにいたのはをした少年だったのだから──。



 〇



【ウタ視点】



 空港から走った俺は、そのまま舞香の待つ場所まで走って向かった。

 後ろは振り向かない。だってセリシアとまた会えると信じてるから。

 それに振り向けば「キミの見るべき場所はそこじゃない」という幻聴が聞こえそうな気がしたから。


 今日の俺はTシャツとジーパンと、いつも学校で履いてる走りやすいスニーカー。まるでこの事を予見していたかのような格好だ。


 ──去年から思ったんだけど。アンタ、絶望的に浴衣と下駄似合ってないから

 ──鷺代さぎしろさんに笑われたくなかったら、フツーの楽な格好で行くことをオススメするわ


 舞香のセリフと、受話器越しから聞こえたパソコンのタイピング音。

 きっとあの日、舞香はセリシアの乗る飛行機便を調べ、俺が走れば花火大会に間に合うと考えたのだろう。

 そして8月9日の今日、すべてが終わる。そんな気がした。


「はぁ、はぁ……」


 道中では多くのカップルが目に入った。中には平林ひらばやし堀田ほったさんの姿が。あの二人、結ばれてくれるといいな。


 ……なんてことを考えてる暇があるか、藤澤雅樂ふじさわうた!!

 俺は力の限り走り、山の上へと駆け上がり──こう叫んだ。


「倉坂ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



 〇



「はぁ、はぁ……、ごめん、遅くなって」

「……ううん」


 久住さんと合流して、俺たち二人に沈黙が走る。気まずいというか、気恥ずかしいとうか……。


「ウタくん、その髪型」

「あぁ、これ?」


「──私のこと、覚えててくれたんだね?」


 ……やっぱり、気づいてくれた。

 それでもいざ、自分が小学校の頃の藤澤雅樂を再現していると指摘されるとやはり照れてしまう。

 頬を掻いて、静かにうなづいた。


「それを言うならそっちこそ……、メガネ。覚えててくれたんだな、俺のこと」

「うん。ずっとずっと、覚えてた」


 やっぱりそうだ。この子は、久住さんは倉坂で間違いない。

「だから──」久住さんはメガネを外して、頭を下げた。


「ごめんね、ウタくんを騙すようなことして……。あの日以来、ウタくんに『好きだ』って伝えられなくなって……」

「俺だってごめん。久住さんが、倉坂だって気づけなくて! そういう気持ちに気づけなくて!!」


 花火は上がらない。それでも俺たちは、本音をぶつけ合った。

 そして──。


「倉坂、いや……、久住さん!!」

「待って!!」


 そこで、久住さんが止めに入った。


「私から、言わせて?」

「……」

「覚えてる? ウタくんに告白した日のこと。ウタくんが私に『待ってる』って言ってくれたこと」


 ──だから、おまたせと伝えたい。


 そんな久住さんの想いを受け取った俺は「あぁ」と頷いた。

 そして、久住さんが深呼吸して声を張る──。


「小学生の頃からずっと! あの日があってからも、再会を果たした今年も四月もずーっと! ウタくんのことが好きでした!!」


 そんなの、俺だって──。


「俺も、久住さんが好きだ! 倉坂のことも好きだ!! どっちのキミも大好きだ!!!」


 静かな場所で響くは俺たちの叫び声。


「だからぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 それを打ち消すように、大きな声で叫んだ。

 そして生じた沈黙の中で呼吸を整え、ゆっくりと顔を上げ──。




「俺と、付き合ってください」




 その言葉と同時に、再び上がった打ち上げ花火が俺たち二人を照らす。

 くっきりと見えた久住さんの澄んだ瞳から涙が流れているのが見えた。


「──うん」


 そしてその瞳を閉じて、花火に負けないくらい満開の笑顔を向けてくれた。


 身体は花火が照らす光に包まれ、まるで邪悪な魔法から解き放たれたかのように見えた久住さん。また俺も、悪い毒が除かれたかのように、心と身体がスッと軽くなるような感じがした。


 セリシア、ごめん。あれくらいのことしか言えなくて……。

 でも俺、やったよ。お互い、呪いに勝てたよ。

 だから……、ありがとう。俺に勇気をくれて。

 俺と、出会ってくれて──。


 そして……、。本当にごめん。

 長い間待たせてごめん。今まで本当の気持ちに気づけなくてごめん。

 いじめられてたのに助けられなくてごめん。『目立たず生きる』とか言って、逃げてばかりのチキンでごめん!!


 だからその『ごめん』の数以上の『ありがとう』が言えるくらい、キミを幸せにする!!!


 あとは──。やっぱ、あれだな。


「久住さん」

「……なに?」


 小指を突き出して、俺は言う。


「これからはお互い、隠し事はなし。約束だ」

「……うん、約束!!」


 こうして俺たちは小指を交わし合った。

 これは花火大会のジンクスに頼らず、これからお互い想いを隠さず打ち明けよう、という約束。


 そして──ずっと一緒にいよう、という『永遠の絆』の約束だ。


「そういえば久住さん……、浴衣、に、にゃってるよ」


 一呼吸置いて、ようやく久住さんの浴衣を褒めようと思ったのに……、噛んだ。


「……っはははは」

「わっ、笑うなよ!」

「だって、ウタくんらしくって。あぁ、ウタくんだなぁーって思って」


 でも、こうやって最後の締まりの悪さは、実に俺らしい。

 モブらしいとか、かっこ悪い地味な男子高校生らしいとか、そんなんじゃない。



 ──実に、最後だ。




【あとがき】


 皆さん、この作品をここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 そして、投稿までブランク空けて本当にごめんなさい!


 これにて第一部は終了。というか、物語のメインが終了した、といったところです。

 ポケ〇ンでチャンピオン倒して、エンディングが流れたんだな、といったイメージです。


 あとはクリア後コンテンツ(?)として、登場人物ごとの後日談をいくつか投稿して、第二部として、とある重要人物たちにスポット当てたストーリーを展開して、という形を取ろうと思います。

 いわば第二部のラストは『裏ボス戦』とか『真エンディング』といったところです。


 そして、また今月か来月に新連載ラブコメが投稿できたらなと考えています。

 舞台はこのストーリーの、約10年後が舞台となっております。

 今作の重要人物はもちろんのこと、次回作のキーパーソンが今作に隠れております、とだけ伝えておきます(笑)



 最後に──


「面白い!!」「すこ!!」と思った読者様にお願いです。

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 みなさん何卒よろしくお願いします!!!!

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