第48話 モブ英雄と黒竜
──なんで、気づけなかったのだろう。
久住さんの元へ向かう中、俺は思う。
風呂上がりはおろか、今日の朝から顔が赤かった久住さん。
冷静に考えればおかしな話。
それを俺は「夏の暑さのせい」だとか勝手に思い込んで、「大丈夫か?」といった言葉すらかけなかった。
異変には気づいた。だけどその先に進めなかったのは、単に『あの子と話すのが恥ずかしい』という子供じみた理由がそうさせたのだろう。
「……ったく、バカかよ。俺は」
募る自分への苛立ちを言葉にして吐き、俺は先を急いだ。
「あっ、いた」
暗い森の中を走り続けて、俺は
「久住さん!!」
見ると彼女は坂の下の木にもたれかかっていた。
足を擦りむいたようだが、どうやら木にもたれかかる気力はあったみたいだ。
「ウタ……くん?」
だけど呼吸が乱れていて、言葉は途切れる。
「大丈夫? 立てる?」
そう聞くと、彼女は何も言わずに立ち上がろうとする。
「手、貸そうか?」
「……うん」
俺は手を差し出して、久住さんの右手を掴んだ。
触れる華奢な手は熱く、どうやらまだ熱が高いみたいだ。
「きゃっ!」
けれど震えた足は崩れ、ストンと身体は膝から落ちた。
「はぁ、はぁ……ごめん」
もはや立つ気力は無いらしく、どうやら俺が肩を貸すのも無理そうだ。
そんな彼女を見て、俺は──
「……背中、貸すよ」
「えっ?」
「ほら。先生来るまで時間かかりそうだし。せめて会場まで……さ……」
ここまで言って思わされる──自分、バカかよ! クソ恥ずかしい……。
別に女の子をおぶるのは初めてのことじゃない。
昔、足を怪我した俺の姉──琴ねぇをおぶったことあるし、部活で全国大会出場を決めて燃え尽きた琴ねぇをおぶったこともあるし、今でも悪ふざけで琴ねぇが俺の背中に乗っかってくるし……って、琴ねぇばっかりじゃねぇか。
「いいの? ウタくん、顔熱そうだけど」
「だ、大丈夫! だから、ほら?」
俺は久住さんが寄っかかるのを、ドキドキしながら待っていた。
「んぉぉぉ……」
「?」
「ごめん。なんか変な声出た」
姉のせいで慣れたと思っていたが……、そんなことありませんでしたね、はい。
〇
暗い森の中を、俺は久住さんをおぶって歩く。
背中には平熱よりも高いとわかる久住さんの体温が伝わってくる。
けれど久住さんの荒かった呼吸は、今や落ち着いている。効果はあるようだ。
「ありがとうね、ウタくん」
「おっ、おう」
「……ねぇ、知ってる?」
突然、久住さんの優しい声が耳元に響く。
「……なにが?」
「……モブドラ」
「おぉ、すげぇ懐かしいやつ」
モブドラ。
『モブ英雄と
魔王から世界を救った英雄の一人だった主人公が、黒竜が支配する世界を救う弟子をサポートするように目立たず活躍していく物語だ。
「それが、どうしたんだ?」
「ううん、別に。私の一番好きな物語なの」
「俺も。あれが初めて読んだ小説で、一番好きな小説なんだ」
内容なんかすぐ思い出せた。
それはもう、一瞬で頭の中にあの世界が浮かぶくらいに。
「どのシーンが好き?」
「俺は弟子が黒竜に挑む直前かな。スパイとして黒竜側についた主人公が寝返ったフリをして弟子の前に立ちはだかるシーン! その時の師弟対決はホント痺れたし、それにさ──」
口を開けばもう夢中になって、恥ずかしさとか何もかも忘れていた。
「……って、あっ、わりぃ。つい熱くなっちゃって……」
「ふふっ、大丈夫。その気持ち、分かるから」
そんな俺の話を、久住さんは楽しげに頷いてくれた。
「久住さんは?」
「私はラストのシーン。黒竜の正体が明かされたシーンかな?」
「そうそう! あれも良かったよな!! まさか消息不明だった主人公の想い人が呪いで黒竜にされてたなんてなぁ……」
再び高まったテンションで、俺は続ける。
「でも、主人公はちゃんと想い人を呪いから救った。魔王に身を囚われた時と同じように」
「……うん」
俺とは対称的に、久住さんは静かに頷き──
「……だから、私のことも……」
「えっ? 今、なんて??」
「ううん、なんでもない」
〇
ウタくんに言えなかった。
私があの頃の、ウタくんに初めてその小説を薦めた張本人だってこと。
私がウタくんとの別れ際に告白したあの子だってこと。
……私が誰かに「好き」と言えない呪いにかけられていること。
お母さんの再婚を機に引越して数年後、私は高校で彼に出会えた。
ウタくんは気づいてくれないけれど、私はウタくんのことがすぐわかった。
あの頃の気持ちは変わらないままで、だからウタくんに出会ってすぐに彼への好意は再燃した。
だけど私には「好き」と言う勇気はおろか、ウタくんに直接のアプローチすら出来なかった。
……だから、小賢しい私はあんな手段を選んだ。
今思うと、酷いことをしたね。ごめんなさい。
舞香ちゃんには事情を説明すれば良かったと一度は思ったが……。
きっと気の強いあの子なら「呪いに打ち勝て」なんてことを言ってたかもしれない。
そんなことを思い込んだ挙句、言えなかった。
これで私の秘密を誰にも打ち明けずに小賢しい計画は終わる、と思っていたのだけれど……。
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