第47話 神のイタズラは残酷で。だけど、最後くらいは──
──人間、諦めが肝心。
あの頃の私は、そう強く思わされた。
小学三年生の頃、気になる男の子から『誰かを好きになる』気持ちが消えた日のことだ。
あの光景を目撃したときは、本当にショックだった。
彼のことが好きだった女の子が傷つけられている姿と、そんな彼女を涙を流しながら見つめる彼の姿。あの女の子を見るだけでも心が苦しいのに、そこに彼もいたんだ。あのときは立ち上がれず、声も出ないほどの負荷が体全体にかけられて、大袈裟に言えば死ぬんじゃないか、とさえ思った。
そして思い知らされる──もう彼が誰かを好きになることは無い、と。
我ながら言うのをアレだが、あの頃の私は正義感に満ちていたこともあり、目撃した情報は全て先生に打ち明けた。
おかげで今度は私がイジメの標的になるのではないかとも考えたが、皆が私の勇気ある行動と正義に賛同したのか、幸いにもその心配も無く。
……けれど、二人の心の傷は消えなかった。
その後、女の子は女手一つで育ててくれた母親がめでたく再婚したことがきっかけで引越しが決まり、これで彼女を虐めた子たちともおさらばだというのに……。
彼女の表情から幸せな様子が一切伺えず。
気になる男の子──
あの日に見た彼は、トレードマークのアップバングの金髪が大人しい黒髪になっており、クラスの中心人物ではなく、その友達といったポジションにいた。
再会した当初は、中心人物の友達らと楽しくつるんで、心の底からの笑顔を見せているものだから、以前と変わらないなと安堵していた。
……しかし、ある時に彼のある一面を見て、気付かされる。
私が転入してから初めて、彼がクラスの女子に手紙を受け取った日のことだ。
『あの、藤澤くん……これ、受け取って!!』
『えっ、俺に…………』
『……じゃなくて、雪村くんに! 藤澤くん、仲良いでしょ?』
『あっ、なーんだ颯人宛の手紙か! それならこの「恋のキューピッド」にお任せあれ!!』
『さすが! それじゃあ任せました!!』
そう言って、二人が軍隊のように敬礼を交わす。そこだけを見れば彼は楽しげな感じだった。
けれど彼が手紙を差し出された瞬間、嫌悪に満ちた表情をチラつかせたのだ。
あぁ、もう彼が異性を好きになることも、誰かが彼と一緒にいたいと願うことも無理なんだな……。
あの日の出来事が原因で、かなりの重傷を負った藤澤クンを見て、私は彼に近づくことを諦めようと決心し、神様が授けてくれたであろうご都合主義にも程がある好機を自ら捨てることにした。
これでもう私の気持ちは晴れる。これからは彼を『気になる男の子』という存在で留めたまま、推しのアイドルでも眺めるように彼を見るだけにすればいい。
そう思っていたのに……、神様は本当にしぶとかった。
〇
あれは修学旅行のこと──。
夜の広島、宮島の街で私は……迷子になってしまった。
「みんなぁ……どこぉ……」
見知らぬ街並みに加えて、辺りも暗くて何も見えないわけで。私は途方に暮れて涙を流すしか無かった。
みんなが心配して探してくれているだろう。だからあちこち動くわけにも行かない。私はうずくまることにした。
そこで、神様のイタズラ。
「やっと見つけた」
「藤澤……クン?」
「ほら? 手、貸せ」
窮地に追い込まれたところで、藤澤クンが私に手を差し伸べたのだ。
私は涙を拭って、彼の手を掴んで立ち上がった。
吊り橋効果にまんまと嵌められたのか、私は『気になる男の子』だった彼に心を大きく動かされた。まぁ、それだけで『恋に落ちた』なんて言うのも物足りないわけで──
「……どうして、キミが?」
「そっ、そりゃあ、セリシアさんが迷子になってるから、探しに来たんだよ」
「他のみんなは?」
「……………………」
「藤澤クン?」
「……………………」
「……もしかして」
「あぁもう! 俺もなってんだよ!! 迷子に!!」
私を助けてくれたヒーローみたいなかっこよかったのに、正直に見せてくれた情けない一面がまた可愛げがあって。私は思わずクスリと笑みを零した。
普段からかっこ良かったのに、時に見せるダメな一面でみんなを笑わせてくれる──昔から遠くで見ていた彼の大好きな姿を間近に見ることが出来て、私の『好き』の気持ちはより一層大きくなったのがこの瞬間である。
「何笑ってんだよ」
「ふふっ……。いや、なんだかんだ三年前から変わらないなと思って!」
「あぁ……。てか、こうして話したのって初めてだっけな?」
「ふふっ……、そうだね!!」
「いつまで笑ってんだよ!!」
「っはは、だって!!」
「……んだよもぉ。まぁ、泣き止んだみたいだから良いんだけどさ」
こうして、初めて笑い合う二人。
だけど彼に近づくなんて叶わない。それなのに私の思いは、無謀にも『好き』へと加速していくのだった……。
〇
それでも私は諦められなかったのか、彼に『好き』と言わずに近づく方法を考えた。
それで中学の頃、あの行動に出たわけなのだが……。何を血迷ったのだろう。全く、馬鹿なことをしたと自分で思っている。
そして、あの告白の後で『絶世の美女の告白にされて〜』と言われたことを耳にし、ただ好きな人に気持ちを伝えただけで大袈裟に言われることが堪らなく嫌になった私は、高校に入って『三つ編みおさげヘア』と眼鏡の『超地味キャラスタイル』に武装することを決意。
これで彼には嫌われて、おまけに見向きもされない地味な存在になるんだ。
おかげでまた私は、彼のことを諦めようと思えた。
それなのに──。
九月の文化祭の日、私が
『おぉ、
『こちらこそ、ごめんなさい!』
ぶつかった勢いで眼鏡を落とした私。そんな私の眼鏡を拾って、雪村クンは言った。
『なんだ、セリシアさんじゃん! なんで眼鏡?』
『えっと、視力が──』
『それに、どしたの? この髪型?』
『いや、あの……』
『もったいないなぁ。眼鏡が無い方が可愛いのに』
そう言って爽やかな笑顔を見せて──
『なぁ、ウタ?』
『えっ、俺!? あっ、あぁ……。か、可愛いんじゃねぇの?』
話を振られた藤澤クンは、照れくさそうに目を背けながら言ってくれた。
その嫌気が感じられない表情から、あの日の告白のことを気にしてないようにも見えて……、おまけに『可愛い』と言われたのだ。
よし、明日から武装を外していつも通りに戻ろう。
……そう思いはしたが、そのときから祖母が病に倒れたとの連絡を受けて、文化祭が終わった後に祖母の店を継ぐべく母と二人で故郷に帰ることが決まっていた。
これで神様がまた私に諦めるチャンスを与えたのに、一年後の七月にまた彼と近づくチャンスが巡って来て……。
だけどその頃の彼にはもう好きな人がいて、遠くから彼の球技大会での活躍を見ていた私に、神様がやっと「諦めろ」と告げるような出来事を起こした。
そして終いには今日、祖母が仕事に復帰できないと聞かされて、八月の九日に私はまた故郷へ帰ることが知らされた。
あぁ、やっと終わるんだ……。
そう思うと、自然と涙が零れていた。
これで私の恋は終わり。
だからせめて、最後に林間学校で思い出が作れたらいいなと思っていたさ。
……それなのに、私はまた好機を捨てたのだ。
悔いは無かった。
またこの学校から去ることを察していた平林クンは、藤澤クンを心配しつつも私の『思い出作り』のために必死になって藤澤クンを止めたのだろうが、私は彼を止めなかった。
だってそれが、『彼を諦めたい』私にとっても『
こうして私は神様のイタズラに振り回された挙句、結局彼を諦めることを選ばされた。
正直に言えば悔しいし寂しいし、だけど解放感があったりして──もう、よく分からない。
だけど、最後くらいは自分の望むエンディングを叶えよう。
勝手だけど、最後くらいは藤澤クンの手で終わらせて欲しい。
だから……。
喧騒とする肝試し会場から離れ、私は携帯電話を取り出して文字を打つ。
『藤澤クンへ』
『八月九日、空いてるかな?』
『花火大会の日、なんだけどさ』
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