第46話 これでいいんだ

「あっ、おはよう久住さん」

「おっ、おはようウタくん」


 朝になって、俺たちは食堂で顔を合わせた。

 見ると久住さんの顔が昨日の風呂上がりに続いて赤くなっている気がする。夏の暑さのせいか? 

 ──はたまた……。って何考えてるんだ俺は! いくらなんでも久住さんが俺を前に照れてるとか。自惚れんな、俺!!


「…………」

「…………」


 お互いが目を逸らして黙り込む。

 いやいや、俺は久住さんと話す話題はあるはずだぞ? どうした? 俺は恋を手伝うキューピッドだろ??

 そうわかっていても尚、何も言い出せなかったのは、俺がその話題を望まなくなったからであろう。そんなわがままで使命を放棄するとは、とんだクソキューピッドになったものだ。



 〇



 そしてこの日の夜、林間学校の最終プログラムである肝試しが幕を開けた。


 肝試しは基本、男女二人ペアで行うものだと言われているようで、言われていないようで。


「おっ、おう。よろしく、堀田ほった

「えっ、なに? もしかして平林ひらばやし、ビビってんの??」


 実行委員が引いたくじの結果、初めに平林と堀田さんのペアができた。

 おぉ、なんたるご都合主義。

 ……とは言えど、六人班から始めの二人を選ぶわけだから、確率は十五分の一。

 引きは強い方だと思うが、好きな子と席が隣同士になる確率と比べれば、都合がいいと騒ぐほどでもない。


 そして男女二人ずつの計四人が残り、同性ペアが有り得る中で──


「よろしく、藤澤クン」

「おぉ、よろしく」


 俺はセリシアとペアを組むことになった。


 ちなみに道重みちしげは堀田さんの友達である水野みずのさんとペアを組むことに。


 さて、この結果をどう受け止めるべきか。

 道重ホモとペアじゃなかったことを、あまり関わりの無い女子と組んで気まずい雰囲気にならずに済んだことを喜ぶべきか。


 ──もし私が素直にキミへ『好きです』と言ったら、キミはどうしてたと思う?


 あるいはセリシアと組むことを、喜べない自分を認めるべきか。


 嫌いとか、そんなんじゃない。

 アイツは俺にはもったいないくらい絶世の美少女で、それでも──いや、それだからというべきか──素直に告白されるとバッサリと切り捨てられない。その勇気が無い。


 だけど、隣に置きたいのはお前じゃない、と思う自分がいて……。

 だとしても、そんな偉そうなことを言えないと思うチキンもいて……。


 アイツはとんでもない変態だから無理──という理由より大きな要因が生み出す、俺のセリシアに対する謎の抵抗が、このペアを良しと思わせてくれなかった。


「どうしたんだい? そんな怖い顔して」

「ん?あぁ、いや。なんでもない」

「……………………」


 対するセリシアは、俺に話しかけてすぐに俯いて──そこからは何も言わない。

 クールで静かな彼女らしいと言えば何もおかしくないのだが……。


「そっちこそどうしたんだ?だんまりしてよ」

「あぁ、ちょっとね」

「考え事か?」

「まぁ、そんなところかな」


 セリシアは静かな笑顔を見せた。

 うん、怖いね。これ。外面に綺麗な笑顔が貼り付いてるから逆に中身が混沌じみてるやつですよね?

 あまりにもセリシアが珍しい姿を見せるので、身の毛がよだつほどの恐怖を僅かに感じたのだが──。


「……藤澤クン」

「どうした?」


「……後で、話がある」


 セリシアは表情にほんのちょっとの寂しさをチラつかせた。


「……わかった」


 だからだろうか──。胸が、ざわつく。



 〇



 こうして俺たちの班の抽選は終了し、俺は同じ班の男子三人で集まって他の班の抽選を見守ることに。

 するとある時だけ、絶叫にも等しい声が響いた。


『えっ、嘘!? キャーッ♡』

『やばいやばい! 颯人はやとくんとペアとか、マジで泣きそう!!』


「えっ、そんなに? まぁ、とにかくよろしく!」


 さすがモテ男、と言ったところだろうか。

 または超人気アイドルといえる存在だろうか。

 颯人はいつも通りのスマイルを向けると、ペアの女の子はもうメロメロ。


 遠目から颯人が無意識に一人の少女の心を射抜いているのを見ていると、隣で平林が問いかけてきた。


「なぁ、レジ袋が有料になっただろ?」

「なったな、政府の方針で。それがどうした?」

「颯人みたいなイケメンの笑顔も、近い将来に政府の方針で有料になるのかなと思って」

「何だよ、そのクソ社会」


 ──それじゃあ颯人の友達の俺はどうなる?理不尽な出費で破産まっしぐらじゃねぇか。


 そんなイケメンキャラの友人のスマイルに近い将来、観覧料がついてくるのでは無いかと危惧していると──


「よっ、ウタ!」


 颯人が俺たちの元に駆けつけ、お金を支払う義務感に駆られそうな笑顔をこちらに向けた。


「えっと、何円ですか?」

「何の話だ? ウタ」

「あぁ、悪い! こっちの話だ!!」


 あっ、そういえば。

 俺は颯人を見て、一人の少女の名前が口から出た。


「久住さん、どこ行ったか知らねぇか!?」

「あぁ、そういえば来ないな。ウタの所に」

「いや、正確には颯人の所に来てると思うんだが?」

「久住さんならもう、肝試しに向かってるんじゃないのか? ほら、もう始まってるみたいだし」


 そう言って平林が指を差す方を向くと、確かにウチのクラスの面々が肝試しをスタートしているようだ。


「それにしてもお前、ホント久住さんのこと好きだよな?」

「はっ、はぁ!? お前だって──」

「俺が、何だよ?」

「いや、なんでもないです」


 平林がギロリと睥睨へいげいするので、俺は怯んでしまった。

 モブを極めると、どうも陽キャにビビる習性が働くみたいだ。ソースは父親。


「それじゃあ、俺らも行こうか」


 道重が立ち上がるので、俺と平林も腰を起こして肝試しのスタート地点へ向かった。


 そしてそこで、事件が起きた──。



「みんないるね? そんじゃあどのペアが最初に行くかじゃんけんしよー!!」


 肝試しに一切の怖気おじけを見せず、ノリノリの堀田さんが声を上げた。

 俺たちは彼女の指示に従い、俺と道重が堀田さんの前に立って──


「よし、じゃあやるよ?最初は」

「「グー」」

「じゃんけん──」


 ──おっしゃ、俺のパーの一人勝ち


「で?」


 ──で?


「ほーい!!」

「!?」

「はい、私の勝ちー!!」

「あーあ、藤澤くんの一人負けかぁ」

「えっ、今のズルくない!?」


 ──俺、勝ってたじゃん!!


 堀田さんの理不尽なノリに釣られたせいで、俺とセリシアは一番前のスタートとなった。

 その後ろには平林のペア、更に後ろには道重のペアという結果に。


「怖いのかい? 藤澤クン」

「べっ、べべっ、別に!?」


 正直の所、スタート地点から見える道が真っ暗で何も見えないのでかなりビビっている。

 いつもそうだ。ジェットコースターもお化け屋敷も、必ずスタート地点に立つと一気に恐怖が襲ってくる。


「私は、楽しみだな」


 対するセリシアはまた静かな笑顔を見せた。

 何が楽しみなのかな?怖いなぁ、怖いなぁ……。


 けれど、ここで逃げると揶揄からかわれる。しばらくイジられてしまう。特に背後の幼なじみペアに。


 俺は深く息を吸って顔を上げる。

 すると──


『だ、誰か! 先生を呼んでくれ!!』


 ゴール地点から、とある男子生徒の大声が聞こえてきた。

 その人は顔面蒼白した様子で実行委員の生徒の肩を掴んだ。


『ど、どうしたんですか!?』

『ウチのペアの女の子が突然ふらついて。そっ、それで足滑らせて!!』

『落ち着いてください!どの辺ですか?』

『ど、どの辺って言われても……』


 そりゃ答えられないだろう。

 パニクっている上に、肝試しのコースは暗闇の山道。場所を示す印なんて、無いのが当然だ。


『その同行していた生徒さんのお名前、教えて貰えますか?』


 男子生徒と実行委員があたふたする中、もう一人の実行委員の女の子が冷静な面持ちで間に入ってきた。

 そして彼は、息を荒らげながら答えた。


『く、久住! 久住美唯くすみみゆさん!!』


 ──……は!?


 この言葉が耳に入ると、身体中に強い電気信号が走った。


「……すみ、さん」

「藤澤?」

「久住さん!!」


 そして、俺は駆け出そうとした。

 久住さんが危ない。助けに行かなきゃ、と心が焦る。


 しかし……


「おい、待て!」


 平林は咄嗟に、俺の手首を強く掴んだ。


「離せ!」

「バカかお前は!」

「あぁバカだよ! だから離せ!!」

「場所もわかんねぇのに、一人で行こうってのか!? お前も怪我するぞ!!」

「でも、久住さんが!」

「心配なのはわかるが、とにかく先生が来るのを待て!! それに……」


 ハァハァと、呼吸を整えて──


「そろそろ始まんぞ、肝試し」

「……だから、なんだよ?」


 ──こんな落ち着かない気持ちを抑えて、今から肝試しを楽しめとでも言うのか!?


 冷静さんが欠如した俺。

 終いには平林に「そっちこそバカかよ!」と言いそうになるのだが……。

 平林は荒らげた声を落ち着かせて──


「……いいから。ほら、お前の番だ。さっさとセリシア連れて先を歩け」


 こんな危機的状況なのに、平林はこのまま肝試しを始めろと言う。

 この場に留まれとも言わず、ただ順番が回ったから先に行けと、俺を急かす。


 けれど……、ここでセリシアが顔を下に向けながら口を開いた。


「行かせてあげてくれ」

「セリシア……」

「お願いだ。藤澤クンを止めないでやってくれ」

「いや、でも──」


「いいから早く!!!」


 セリシアの叫びに驚き、平林は俺の手を離した。

 その隙に走り出せばいいものの、足が咄嗟に動かない俺。


「さぁ、行くんだ!!」

「あっ、あぁ!!」


 だがせリシアの怒鳴り声に焦りを思い出し、俺は先の見えない暗い山道を駆けて行った。


「おいセリシア、お前!!」

「これでいいんだ!」

「良くねぇよ! 自分が何やってるか分かって──」


「いいんだ。これで……、いいんだ……」




【あとがき】


 次回、セリシア視点です。


 あと、ちょっとシリアスに疲れたよね。

 甘いラブコメ、ぼちぼち投稿してみます。

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