第45話 キャラなんか忘れて
「はい、これ」
「ありがと」
旅館の一階、カウンター近くの椅子に腰掛けると、舞香が俺に缶ジュースを渡して隣に座った。
「
「……そっか」
颯人と知り合う前、というのは俺が東京に引っ越す前の話。一人の女の子を知らずに傷つけた話だ。
その後のエピソードが懐かしくなって、俺は微笑みながら──
「俺さ、あの出来事があってから颯人に出会って、颯人の近くに立って……、アイツの輝きで身を隠して生きることが心地良いって思ったんだ」
「それが、今のアンタになったんだね」
「そう。バレーではそんなに声援を浴びず、モテる友人の恋を手伝い、バレーの週刊誌の取材で、颯人と違って大幅カットされる人生。別に何も悪くなかった」
「何その最後のエピソード……」
「一番笑って話せる自慢の自虐ネタだ」
ジュースをゴクリと飲むと、今度は舞香が話し始める。
「ごめんね、なんか。アンタの事情を知らずに焦れったくなって、いろいろと強要させることばかり言って」
「いや、舞香はそれでいいんだ。……じゃないと俺、ずっとチキン野郎のままだったから」
「ずっとチキン野郎、ねぇ〜」
「……なんだよ?」
隣で舞香は「何言ってんの?」と語りかけるような表情を見せて、こう続けた。
「アンタの過去を知る前は、確かにチキン野郎だと思ってたよ。でもさ、覚えてる?一年前、私がアンタに話しかけるようになった日のこと」
「一年前……?」
俺が首を傾げると、舞香は俺と颯人が出会った時を懐かしむのと同じように話す。
「アンタが、私に代わってに文化祭のリーダーに立候補した話」
「……あれは」
「目立つことを嫌ったアンタは、ゆっくりと手を挙げた。『お、俺、や、やります……』って」
「おい、やめろ。それ」
下手なものまねを披露すると、舞香はクスっと笑った。
えっ? 俺そんなに目キョロキョロさせてたの? 俺そんなにキョドってねぇし!! ……たぶん。
「まぁ……、結果はダメダメだったけどね?」
「おかげでわかったよ。リーダーになって目立つと、ロクなことがないって」
「あはは……。でも、嬉しかった。あの時の私は忙しくて。だけどみんなが私に頼るから断れなくて……」
「俺も、舞香がそんな気がして。だけどみんなが立候補しないから……とか思ってたら、手が上がってたんだ」
「そっか」
舞香も手に持っているペットボトルのジュースを飲んで──
「……私に彼氏がいなかったら、アンタに危うく惚れてたかもね」
「なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない」
軽く笑いながら、首を横に振った。
そして舞香の話は本題に移る──
「ウタは確かに、チキン野郎かもしれない。だけど私思うの。アンタはそんなことを忘れさせるような行動を取れる。もしかしたらそれが、本当のアンタの姿なんだろうなって」
「つまり、何が言いたいんだ?」
そう聞くと、舞香は柔らかな表情を浮かべながら──
「アンタのやりたいと思ったことは何でも、やればできるんだなって」
「いや、そりゃ……」
「そう。当たり前のことよね。でもアンタの場合は意味が違う。他の人とは価値というか、重みが違うの」
「違うって?」
一呼吸置き、舞香はゆっくりと顔を上げる。
「やりたいことをやるアンタの中に、『目立たないチキン野郎』という背景はどこにもなかった」
それを言われて気付かされる。
そうか、俺は目立ちたくないと言い張りながら、何度もそのことを忘れていたことがあったっけな。
久住さんとショッピングモールに行ったとき──目立ちたくなければ、誰かに助けを求めて久住さんをナンパから救ったはず。
バレーだってそうだ──なんだよ? 球技大会で誰にもボールを送らずに相手を出し抜いて、皆にスポットを当てられるようなプレーなんかして。どこが『目立たずに生きよう』だ?
でも一人で久住さんをナンパから救い出したことも、牧原を狙うヤツに対して喧嘩を売るような態度を取ったことも、そして舞香の代わりに文化祭のリーダーに立候補したあの日も──。
全部全部、『やりたい』という衝動に駆られた結果だった。
「そう、かもしれないな」
俺が納得して頷くと、舞香はこう続ける。
「いい? アンタは自分のやりたいことを選べばいい。もう少しわがままになってもいい。それが誰かを傷つける結果になるなら、その誰かを守って欲しい。素直に優しく、心から『ごめん』と言って欲しい。そして──」
勢いよく立ち上がり、舞香は俺の前に立って言った。そんな舞香の背中を、一カ所だけ光っている明かりが照らしながら。
「アンタは欲しいモノに向かって、手を伸ばして欲しいの」
舞香が伝えたいことはすぐわかった。けれど確証はない。もしかしたら俺が思っているほど深い意味はないかもしれない。
「ねぇ、ウタ」
けれどこの後の舞香の行動が、舞香の伝えたいことを確実に理解できた。
舞香は一枚のポスターを俺に差し出し、俺はそれを手に取った。
「今年も行くでしょ? 花火大会」
「あーこれか。俺が舞香と颯人に誘われて、バレー部の同級生たちと行ったやつだよな」
「そうよ」
「また、俺を誘おうってか?」
「違う」
舞香はいつも通りのキリッとした表情を見せて──
「知ってるでしょ? このお祭りのジンクス」
「……あぁ」
「なら、いいわ。あとはアンタに任せる」
背を向けて、舞香はこの場から去って行った。
欲しいモノに手を伸ばせ。誰かを傷つける結果ならば、心からの『ごめん』を言って欲しい。
やっぱり、そういうことなんだな。
「あぁ、わかった」
そう言って、しばらく俺は座ったまま一カ所だけ光る明かりを見つめることにした。綺麗な綺麗な、星のような光を──。
舞香、そして平林。ありがとう。
俺はやりたいようにする。自分の望む選択をするよ。たとえその選択を悔いるとしても──。
舞香と平林に背中を押された俺は歩み始めた。だけどそのときは大きくて大事な問題点を完全に忘れていた。
〇
一方その頃、セリシアは部屋のベランダに出て、誰かと電話をしていた。国際電話だ。
「うん。うん……。そうか、ダメかもしれないか……。うん……、わかった。それじゃあ、またね」
そう言ってセリシアは通話を切って、しばらく空を見つめていた。
星がちっとも見えない、夏の日の朝空を──。
「この林間学校が、ラストチャンスかもしれないわけか……」
「あっ」
「セリシアさん?」
すると後ろから男が二人、部屋に入ってきた。
「どこに行ってたんだい? 二人とも」
「あっ、いやぁ……、道重と藤澤と早朝から外の空気を吸ってたんだ! ほら? 外の空気って気持ちいいだろ?」
「あぁ、そうだね」
気落ちした声を出すセリシアに気付かず、平林は上手く誤魔化せたと、胸をなで下ろすが……。平林の隣に立つ道重が──
「もしかしてセリシアさん、泣いてた?」
「……えっ」
セリシアの目の下に映る涙の跡を見て、問いかける。
「あぁ……。違うよ」
そう言ってセリシアは眼鏡をかけ、えへへと笑いながら言う。心配しないで、と言うように。
「コンタクトつけるの、失敗しただけさ」
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