第40話 昔話と心の友

 時はまた、舞香と颯人が林間学校前に通話をしていた頃に遡る。


『実はまだセリシア、ウタのことが好きみたいでさ……』


 この時颯人から聞かされたのは、セリシアの本意。それに舞香は颯人に詳しく話すよう促すと、颯人はこんな言葉を切り出す。


『もちろんいいけど、小学校の頃から遡るから長くなるぞ?』


「……大丈夫」


 自室の置き時計をチラリと見て、舞香は言った。



 〇



「ふふっ、久しぶりに昔の話でもするかい?」

「昔の話、ねぇ……」


 セリシアから持ち出された話題、それを聞いて俺の表情が少し歪む。


 昔の話なんて、振り返りたくないことばかりだ。中学のときはコイツに「セフレになってくれ」なんて恐ろしいプロポーズを受けるし、三年のバレー部全国大会の前に月刊のバレーボール誌に颯人と共に取材記事が載るはずだったが、「あぁ、君のコメント地味だし」と言うかのように幾つかのコメントがカットされ、俺のコメントだけが標語を掲載したかのような短さにまで圧縮されたり──挙げるとキリがない、実に不憫な人生だったと嘆きたくなる。


「まぁ、いいじゃないか。君とは一応、小学校の頃からの仲だ」


 それに構わず、セリシアは強引に話を進めた。

 ちなみにセリシアはそう言うが、小学校のときにセリシアと関わった記憶なんて、六年の修学旅行くらいしか記憶に無いのだが……、まぁいいや。余程の黒歴史に踏み込む前にこの話題を終わらせればいいし。


「藤澤クンにとって、私はどう写っていた?」

「美女の皮を被った変態、一択だね」

「それは私からの告白を受けたときだろ? それ以前はどうだい?」

「それ以前は、まぁ……清楚な見た目で何でも完璧にこなす美少女さんって感じだったけど」


 ──って、何を言わされてるんだ、俺は!?

 なんか恥ずかしくなってきた……。


「じゃあ、そんなキミにはこんな質問をしよう」

「ん?」


「もし私が素直にキミへ『好きです』と言ったら、キミはどうしてたと思う?」


「うっ……、それは……」


 セリシアのこの質問に、心臓が強く脈打つ音が聞こえた。

 正直、これは一度だけ考えたことがある。確かセリシアから告白を受けて間も無い頃だったっけな。いや、きっとそうだ。


 これは今の俺を困らせる意図が秘められた問いだろう。しかしあの頃の俺はその答えをすぐに導き出し、今も変わらずこう答えるだろう。


「……やっぱり、断ると思う」

「……そうか」

「なんか、ごめん」

「いいさ。まぁ、そういう答えが来るとは分かっていた。でも年頃的に、セフレになってくれと言えば引き受けてくれると思ったんだ」

「いや、その発想が狂気だよ」


 ──誰が美少女同級生とセフレなんかに……って。いや待てよ? 今のって……。


 俺はここで気付かされる。もしかしたらセリシアの告白は「好き」という気持ちを「セフレになりたい」というみだらなオブラートで包んだものかもしれない、と。


 そしてつまり、当時のセリシアは俺に冗談抜きの好意を抱いていたかもしれない、と。


 隣をチラリと見ると、セリシアはふふっと笑っていた。

「ようやく分かったみたいだね?」と語りかけるように──。


 でもその結果がわかったとして、仮にセリシアが俺を好きだとしても、俺は彼女の気持ちを受け入れないだろう。


 ──だって、今は誰とも付き合おうと考えていないのだから。


 だけど、これはあくまで昔話。

 今のセリシアは颯人が好き。俺は昔の男、といった脇役ポジションだろう。


 ……だけど、もしセリシアが俺をまだ好きで、告白されるとなれば──。


 俺は彼女の告白を断らなければならない。そうすれば、きっと彼女を傷つけてしまうだろう。


 あぁ、嫌だ。こんなの……。


 俺は起こり得もしないことばかりを勝手に考えて、勝手に自滅していた。



 〇



 結局セリシアとの昔話は、今の質問を皮切りに途絶えた。なんて短さだ!と心の中で叫ぶ自分がいたが、実のところ黒歴史に触れられなくてホッとしている。


 その後は同じ班の堀田さんに『人狼ゲーム』に誘われて、目的地に着くギリギリまで遊び呆けることになった。

 ちなみに人狼ゲームでは、俺は奇跡的にも万年『村人』で、ほぼ毎回「困ったら藤澤を処刑しよう」というノリで一日目の処刑対象にされていた。

 なんたるクソゲー。無害な脇役を処罰される様に、きっと人狼は密かに心を踊らせているのだろう。何これ超怖いんですけど。



「ウタくん、お疲れ様」

「あぁ、久住さんもお疲れ」

「た、楽しみだね!」

「うっ、うん!!」


 でもバスの中で抱いた苦悩や憂鬱も、久住さんと話すだけでスッキリ解決してしまう。

 彼女の甘く可愛らしい声と笑顔、もうそれだけで活力が与えられるのだ。


『おーい、班ごとに整列しろー』


「あっ、じゃあまたね?」

「あっ、うん……。またね」


 けれど、そんな久住さんとは班が別々。この運命に導いた神様を恨みたくなるが、実のところはあの時、久住さんを誘う俺の押しが甘かったのが一番の要因だ。


 あぁ、あの時の俺。どうして……。


「ははっ、ドンマイ藤澤くん」

「まぁまぁ、元気出して俺らと楽しもうぜ!」


 過去の自分に嘆き悲しむ俺に、同じ班の道重みちしげ平林ひらばやしが背中をトンと叩かれた。

 道重はその後、班の副リーダーとしてリーダーの堀田さんの隣へ駆けるが、平林は俺の肩を組んで──


「それによ、班が違うからってまだ久住さんと一緒になれる機会はあるだろ?」

「……平林ぃ」


 やべぇ、コイツ良い奴すぎるよ。


 球技大会のときは「ソフトボールなんかやらねぇ」と、ソフトボールを揶揄するような言い方をする野球部員ってイメージだったり、本番では主役みたいな活躍をする脇役の俺にブーイングしたりと──端的に言えば、青い猫型ロボットが登場する世界で空き地を支配する野蛮人みたいな奴だとばかり思っていたのだが──。


 どうやら友達が少なめの俺に、また主役級の友達が増えたみたいだ。


「藤澤、ちゃんと久住さんと積極的に関われよ?」

「おう、わかってる」


 そうだ。班が違うからなんだ?俺が積極的になればいい話じゃないか。

 こう言われたら、頑張って久住さんと積極的に話すしかないでしょ。もちろん、颯人と久住さんをくっつける作戦会議がメインだけどね。


 ここから、俺は心機一転。

 班員とこの林間学校を楽しみつつも、恥ずかしさに屈することなく久住さんと多く関わろう。そう、強く決心した。

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