第36話 気まずい二人
あのアクシデントが起こってすぐ。球技大会が閉幕した後のことだった。
「お、お疲れ。久住さん」
いつもの調子で
今まで久住さんに迫られたことで感じた胸の高鳴りもあるが、それよりも気まずさのほうが強く感じる。ていうかあの一件の後だからマジで気まずい。
「うっ、うん……」
対する久住さん。いつもは俺を溶かすような甘々な笑顔を向けてくれたのに、今や目すら合わせてくれないのだ。
「あの……、さっきは、ごめん」
「……うん」
いや、きっと久住さんは俺と同じように気まずさを感じているのだ。とりあえずは希望的観測としてそう考えるとしよう。
俺はこの後、久住さんを誘うことも、久住さんに誘われることもなく真っ直ぐ家に帰ることにした。
大丈夫。きっと夏休みに入る前には、少なくとも久住さんはいつも通りに戻るはずだ。またいつものように恋のキューピッドの俺に話しかけてくれるし、俺をまた振り回してくれるのだろう。「夏休みだからまた私とデートしてみる?」なんて言ってさ。
……けれど、俺はどうなるのだろう。
今回の一件で心境が間違いなく変化した。そしてこの変化した心境は今後ともそのままであろう。
それで俺は、果たして久住さんといつも通り接することが出来るのか──なんてことをずっと考え込んでしまっていた。
「……いやいや、何考えてるんだ、俺は!」
そうだ。俺は恋のキューピッド。俺と久住さんの関係は「
それにそろそろ、夏休みが始まると同時に林間学校が始まる。牧原がいないとはいえ、今度はセリシアが久住さんの恋敵。なんとしてでも、俺が仕事をしなければならない!
それに颯人と久住さんがくっつけば、いろいろと諦めがついて、この気持ちも治まるだろうから──。
──いつも通り。明日からいつも通りに……。
俺は久住さんのため、自分の使命を全うするために、明日から久住さんといつも通りの関係に戻ろうと強く誓った。
……だが、翌日──。
「お、おはよう、久住さん」
「お、おはよう……」
挨拶は返してくれる。自主的な挨拶はしてこないけど。
「そ、そろそろだね、林間学校」
「う、うん……」
「そ、そうだ、そろそろ夏休m──」
「う、うん……」
だが俺が一方的に話すだけで、久住さんはそれに相づちを打つだけ。質問を投げかけてみても、途中で遮るように相づちを挟んでくる。
そして──一切目を合わせない!!!
──ま、まぁ、まだあの事件から一日しか経ってないし?
ここはまだ経過観察をするとしよう。
そう思い、ひとまず三日間様子見をしたのだが……。
ぜんっぜん、変化なし!!!
あれ? 俺、やっぱ嫌われたの? あの一件のせいで!?
そう考えると、冷や汗がにじみ出てきた。
そして四日目、一切距離感が詰まらないのに、より距離感が離れたことを示唆する事態が発生した。林間学校のグループ決めのときだ。
林間学校のグループ決めでは、男子3人、女子3人のグループを作る。皆はすぐさま仲の良い者同士でグループを作り、このクラスに来たばかりのセリシアも積極的に輪に入った。
セリシアは中学の頃からコミュ力が高く、積極性もあるから林間学校や夏休みのうちに一気に颯人との距離を縮めかねない。
だからこそ俺は久住さんと協力関係を取り戻して、迫るセリシアに負けじと久住さんが颯人にアプローチできるように手伝わねばならない!
深呼吸して、高鳴る胸の鼓動を抑えながら久住さんに話しかける。
「あの、久住さん、俺と──」
「ご、ごめん、もう組む人決まってて……」
「……あっ、そうなんだ」
「うん……ご、ごめんね?」
今までと違ってなんとか俺と目を合わせる久住さん。だがそのときは、表情が若干引きつった笑顔を見せ、俺と同じグループに入ることを拒絶しているような雰囲気を醸しているようだった。
「お?
その様子を見て、からかうような口調の
「止めなよ、平林くん。藤澤くん、わかるよ、そのショックな気持ち。俺も
そして平林の隣でツッコミどころのある慰めの言葉をかける
「しゃーねぇから慰めついでに俺たちのグループに招いてやるよ」
平林は俺の肩に手をポンと置いて、どこか上から目線の言葉をかけるが、平林が持つ根の優しさを感じられて、喉元が熱くなる。
「あ、ありがとう」
「なぁに、球技大会で共に戦った仲じゃねぇか」
結局俺は平林と道重に声をかけられたおかげでボッチは回避できた。
「な、なぁ
「おっ、全然オッケーだよ!!」
そして平林の声かけのおかげで、グループの女子は堀田さんと水野さんといった、調理実習で組んだことのあるメンツが揃い──。
「よろしく、藤澤クン」
その2人に加えて、セリシアが俺と同じグループとなった。いつもの淫乱さを隠し、セリシアは俺に平然とした面持ちを見せた。
こうして俺は浮くこと無く、結構馴染みやすいグループに入ることができて安心したのだが……、やはり久住さんに断られたことのショックはそう簡単に癒えなかった。
そして久住さんとの関係が改善されず、気まずさを残したまま一学期が終わり、夏休みを迎えてしまった。
〇
一方、
震えた手で舞香に電話をかける。
「どうしよう、舞香ちゃん……」
『なに? まだウタと──』
「ウタくんから誘われたのに、断っちゃったよぉぉ!!!」
美唯は林間学校でウタと同じグループになれるチャンスを零してしまったことをひどく悔やんでいた。
『…………は?』
「……舞香、ちゃん??」
美唯の言葉を聞いて、舞香は地に膝をつけ──
(……何やってるのよォォォォ!!!!!)
心の中で絶叫し、美唯の失態を嘆いた。
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