第35話 球技大会(後編) アクシデント発生

 球技大会もいよいよ終盤。学年ごとのリーグ形式で行われた試合も残すところあと1つ。

 そのリーグの1位チーム3つ(1年、2年、3年)が戦って総合優勝を決めるのだが、それ以前に俺たちは全チームの中で最強と言っても過言ではない壁に立ち向かわなければならない。


 そう。その相手は2年1組──颯人はやとが率いるチームだ。

 チーム編成としては颯人以外がバレー部以外の運動部である点では俺らのチームと大差は無いが、颯人単体の強さがぶっ壊れている。


 サーブは弾丸のごとく速い上に力強く、スパイクに至っては他と比べて音の迫力が段違い。気が抜けたときに聞こえると、身体がビクッとなるくらいだから、周りのギャラリーは颯人の活躍を見入るか、その場から立ち去るかである。狂気の沙汰さただ。


 というのも颯人、将来の日本代表候補だからなぁ……。ガタイのいい野球部男子もアイツのスパイク喰らってから腕が痛いとか言い出すし、俺みたいな細い腕があんなのを久しぶりに受けたら骨折すらありえるのでは!? あぁ、怖い……。


「お互い頑張ろうぜ、ウタ!」

「ひっ!!!!!」


 歩く脅威がこちらから伺ってきたものだから、ついビビって声が裏返った。

 まぁ、そりゃそうだよな。怖いけど、友達だもん。


「あっ、あぁ、頑張ろう……」


 俺は作り笑いをしてみせるが、迫る恐怖に唇を震わせていた。



 〇



「颯人くんナイスサーブ!!」


 俺と颯人のチームの戦いは、颯人の超高速サーブからのスタート。

 今まで受けたサーブとは桁違いすぎて、皆が触れることはおろか、一歩も足が動くことは無かった。ていうかアイツ、容赦無さすぎない??


 そんな強い上に顔立ち完璧のチート野郎。女子からの注目が高すぎる故に──


『そ──────────れっ!!!!』


 颯人がサーブを打つインパクトに合わせて、ギャラリーの女子一同が声を上げる始末。もう颯人はテレビに映る超人気プロ選手同然だ──


「藤澤くん!」

「おっ、おう!」


 女子の声援と颯人の姿に気を取られていた俺。道重みちしげの声に反応して顔を上げると、ふわっと上がったボールが宙を舞っていた。道重が颯人のサーブを綺麗に止めたのだ。


「──平林ひらばやし!」


 俺はそのボールを、針に糸を通すような精密なコントロールで野球部のクラスメイトの平林に送る。最初は挨拶代わりに強烈なスパイクをお見舞いするためだ。


「いいぞー! 平林ぃ!!」


 平林が決めると、後ろでクラスメイトの堀田さんが声を上げる。颯人を応援する女子たちに負けない声の大きさだから、応援としては心強すぎる!


 さて、次は颯人と同じくバレー部の道重がサーブを打った。

 颯人以上に長身の道重から繰り出されるのは、強い勢いで落ちるサーブ。それはスパイクの如く強力で、こちらも相手は触れられず。


「ナイスサーブ!!」


 久住さんの隣のいる舞香から賞賛の声が耳に入った。彼氏の応援ですか? お熱いねぇ。


「良かったなぁ、カッコイイ姿見せられて?」


 俺は愛する彼女からのアプローチを受けた道重をちょっといじってみた。道重、舞香のことになると、照れて可愛いところあるからなぁ。


「あぁ……、嬉しいよ。雪村くんにカッコイイ姿を見せられて……」


 ……前言撤回。


「……そっか。次も、頼むぞ?」


 ……あと、そろそろ道重には舞香から何らかの制裁を受けてもらいたい。



 そういえば道重だが、最近は高速のサーブと『無回転サーブ』の二つを使いこなす『二刀流』に目覚めたとのこと。


「──っと」


 今回放たれたのは無回転サーブ。ボールが不規則な軌道を描いて颯人の元に向かうが、颯人は体勢を崩してミス。こちらがもう一点をもぎ取った。


優樹ゆうき、ナイスサーブ!」

「ははっ、ありがとー!」


 颯人に褒められた道重。なんか舞香に褒められたときより嬉しそうなのが憎らしい。

 舞香さーん! ここに『二刀流(意味深)』の浮気野郎がいますよー!!


「次も────決めるよ!」

「──っと、さすがにもう引っかからねぇよ!」


 道重の三本目のサーブは高速サーブ。だがこれは颯人に容易く拾われ──


「雪村!」

「──もらったぁ!」


 今度は颯人の豪快なスパイクがコートにぶっ刺さる。それが横を通り過ぎたとき、一瞬鳥肌が立った。大袈裟に言えば、もはやこれは臨死体験だ。



 この後も颯人が無双するも、俺たちはなんとか食らいつき、奪われた点数を道重がメインで取り返していく。

 相手もそうだが、コートにいる俺以外がかなり屈強な『運動できる系男子』であるため、颯人や道重以外の選手の活躍も実に輝かしい。


「藤澤くん、次はちょっと高めでお願いしてもいい?」

「おぉ、わかった」


 一方、俺は上司の指示を卒なくこなす部下のように振舞ったり──


「藤澤、お前スゲーな! えっと、パスが──」

「トス、な」

「おぉ、それそれ! なんか、スパイクやりやすすぎて気持ち悪いくらい!!」

「おっ、おぉ、ありがと」


 時には道重以外のチームメイトの皆様に褒められてるのか分からないような言葉をかけられたりしてる。中には「地味に上手い」という言葉を浴びせられることも。うっ……、地味という言葉が胸に刺さる……。


 それでも俺は、頑張れる要因がある。主役の引き立て役として目立たずチームの勝利に貢献しているけれども、そんな姿を応援してくれる大きな存在がいる。


 コート横をチラリと見ると、久住さんは俺に微笑んでくれた。「頑張れ!」と。


 もちろん颯人のことも応援している久住さん。だけど、それでもこんな俺に向けて応援してくれていることが実に嬉しかった。


 ──これはもう、颯人に勝つしかないでしょ!!


 俺は「ふぅ」と息を強く吐いて顔を上げた。

 そして目線を颯人に向ける。「さぁ、来い」と。


『ピーッ!』


 ホイッスルが響くと共に、相手は緩やかなサーブをこちらに飛ばす。

 俺はそれを道重のいる方へふわっと上げる。


「平林くん!!」


 そして道重は、俺の前にいる平林へ送られる。


「任せろ!!」


 それを受けた平林は全力でボールに向かって飛び上がり、それをスパイク──


「しまっ──」


 しかし平林のスパイクは颯人の両手で作られた大きな壁に跳ね返され、そして……


 ──危ない!!


 俺は脊髄反射でボールに飛びついた。



 ……………………………………

 ………………………………

 …………………………



「ウ、ウタ……くん?」



 …………………………………………

 ……………………………………

 ………………………………



 …………あっ



 うわぁぁああああぁぁぁ!!!????



「ご、ごめん!!!」


 今起こっている非常事態を把握した俺は、すぐさま久住さんから離れた。


 俺は今さっき、ボールに飛びついた勢いが余って久住さんの両肩に掴まっていたのだ。

 今まで以上に近い距離。恋人同士がキスをする手前の体勢。

 これには脈打つ音が耳にまで聞こえてくるくらい、心臓が未だかつて無い程に強く鼓動していた。


 もちろん、不慮の事故だ。けれども──


「「おぉぉおおおおおおお!!!!」」


 これには皆が大騒ぎ。特に男子一同は「ふぅー!!」とか「ヒューヒュー!!」とか言って囃し立てた。


「ち、違う! 今のは事故だ!!」

「いやぁ、お熱いねぇ!!」

「だから、ちがっ──」

「んだよ、照れるなって!!」


 平林は極限にまで照れる俺を揶揄う。これには「違う」と反論するも、平林も周りのムードに圧倒されて、何も言えなかった。


 それにしても、やべぇ。まだ胸の高鳴りが治まらない。

 身体は溶けそうなくらい熱いし、久住さんのことを見ようとするが、どうも上手く目を合わせられない。


「えっと……、ごめん、久住さん」


 それでも俺は再び謝罪すべく、久住さんと目を合わせようとした。


「あっ、えっと……」

「久住さん?」


 けれど俺の目の前には、いつもの久住さんはいなかった。

 俺から目を逸らして、気まずい表情を見せる。好意を抱いてない俺に向けて見せる余裕さは皆無だ。そして……


「が、ががっ、頑張ってね! ウタくん!!」

「ちょっ、久住さん!?」

美唯みゆ!?」


 久住さんはスタスタと俺の元から逃げて行った。

 舞香はすぐさま久住さんを追いかけて体育館を出たが、俺の足は動かず、ただ手を伸ばすことしかできなかった。



 あぁ、終わった。


 俺は神様のイタズラのせいで久住さんに嫌われてしまったみたいだ。

 それなのに、それなのに……静まらない胸の鼓動が、「久住さんのことが好きだ」と脳に伝達していた。





 その後、試合に全く集中できなくなってしまったせいで、自慢のコントロールは今の心情みたく極度に乱れてしまい……俺たちは颯人たち2年1組のチームに敗北した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る