第34話 球技大会(前編) 脇役だって目立ちたい!!

 球技大会当日、体育館で行われているバスケとバレーの試合を観戦するギャラリーで多くの生徒が集まっていた。


 左側には女子に大人気なイケメン方が集まるバスケの試合が行われていて、女子からの黄色い声援が飛び交う。


 その一方で、右側のコートでは──


颯人はやとくん、頑張れー!!』


 颯人率いる二年二組の試合が行われていた。女子のギャラリーと声援の数はお隣さん以上のようだ。さすがとしか言えない。


「先輩、頑張ってくださーい!!」


 ちなみに俺もギャラリーの一人であり、隣では後輩の牧原まきはらが声援を送っている。


「あれ? ウタくん先輩、ボッチですか?」

「その悪意のある聞き方やめろ。久住さんも舞香も、今は試合中だからいないだけだよ」

「ふーん、久住先輩、いないんだ」


 すると牧原はニヤリと笑った。きっと恋敵こいがたきがいないことに嬉々としていらっしゃるのだろう。


 でも、ごめんな。もう一人いるんだよ、恋敵。

 セリシアが一人、遠くから双眼鏡で颯人の姿を見ているんだよなぁ──。


「あっ、始まりますよ!」


 牧原がピョンピョン跳ねながら指を差して知らせるので、俺はバレーコートに目を向けた。



 バレーボール──それは6人で1つのボールを落とさずに相手のコートに送るスポーツである。

 ただしボールに触れられるのは1チームで三回まで。その制限以内にボールを落とさずに相手の陣地に送ればいい話。

 だが逆を言えば「相手にボールを落とさせればいい」ということ。つまり、ルールと常識の範疇ならば、どのような手段で相手にボールを落とさせてもいいということなのだ。


 その手段は主に三つが挙げられる。

 それを今から、その全てをこなすハイスペックイケメン、雪村颯人ゆきむらはやとの輝かしい活躍ぶりを見ながら説明しよう。


 まずはスパイク。助走をつけて勢いよく相手陣地にボールを叩きつける颯人の姿に会場の女子たちが大いに盛り上がる。

 一方相手は「ありゃ無理だ」「取ったら怪我する」と半ば諦めムード。


「なーに言ってんだ! あのイケメン負かして女子の声援をかっさらうんだろ!?」


 相手チームのキャプテンにして、颯人と同じバレー部員を除いて。

 ちなみに颯人に勝って声援をかっ攫うなんて無理だ。たいていはブーイングを受けるか、颯人に「ドンマイ」という掛け声が送られる。ソースは俺。



 続いてはサーブ。颯人がコースの後ろでボールを二回叩きつけてから、力のあるステップを踏みながらボールを上げて──バシン!と叩く。

 ボールは弾丸のごとく、相手のバレー部男子目掛けて飛んだ。これにも相手は反応出来ず。


 そして三つ目はブロック。颯人のサーブを上げた相手陣はなんとかスパイクまでつなげるが、そのスパイクを颯人が一人、ネットから両手を伸ばして跳ね返した。

 伸びた両手は鉄壁のごとく立ちはだかったものだから、もうお見事以外にかける言葉が見つからない。


「ねぇ、見ました!? 凄くないですか!!?」

「あー、凄い凄い」


 興奮する牧原に対し、俺は棒読み気味で答えた。

 俺だって素直に「すっごーい!!」って喜びたいよ。でもあんなヤツと戦うと考えると、それだけで身震いが起こるんだよなぁ。



 〇



 結果的にあの後、颯人の容赦ないプレーのおかげで、チームは圧勝。これには颯人目当てのギャラリーもご満悦の様子。


「おーい、藤澤くーん」


 そして次は俺達の出番だ。道重みちしげに声をかけられ、俺はコートに向かった。


「ウタくん先輩、頑張ってくださいね?」

「あれ? 颯人の試合なら終わったけど?」


 お目当ての試合が終わってもなお、その場に残る牧原。小悪魔的な笑みを浮かべてこう言った。


「暇なので、見てあげます」

「……ついでなら、結構ですが?」

「まぁまぁ良いじゃないですか。私は颯人先輩と観戦しますので!」

「ウタ、頑張れよ~!」


 くそっ! 「颯人との近い距離を得る」口実かよ!!

 俺は後ろで爽やかスマイルで手を振る颯人から目を背け、悔しさで唇を噛んだ。

 そんなときだ。


「ウタくん、頑張れ~!」

「颯人くん以外のチームに負けたら、承知しないからね!!」


 久住さんと舞香が俺の応援をしているのが目に見えた。やべぇ、嬉しくて泣きそう。

 俺は二人に笑顔で手を振ってコートに駆けて行った。




 ──さて。


 バレーも物語も、脇役無くして主人公は輝けない。その精神で、俺はバレーにも人生にも向き合ってきた。

 今から見せるのは、俺の生き様みたいなものである。


「……ふぅ」


 皆が自陣に立つと、俺は一人、目を瞑りながら両手を合わせて大きく一息吐く。今から試合でかなりの神経を削るため、精神統一をしていたのだ。

 その奇行にチームメイトたちは「アイツ、なにしてんだ?」と言うが、道重は「神様にお願いしてるんだよ」と説明。うん、全然違うよ?


『ピーッ!!』


 ホイッスルが響くと、相手陣地からこちらへサーブが飛んできた。

 ひねりも勢いも無い平凡なサーブを野球部の陽キャが綺麗に上げると、俺はそのボールの元へ向かう。

 俺のポジションは『セッター』。仕事はスパイクを打つ選手にボールを届けること。


 ただ単に届けるのではない。次の人がかっこよくスパイクを決められるような、ちょうどいいボールを狙って届けるのだ。

 俺は神経をとがらせて、道重に最高の送球をし──。


 それを道重は相手コートに強く叩きつけた。


『いいぞ、道重!!』

『道重くん、ナイスー!!』


 もちろん声援は道重へ送られる。だって決めたのは道重だから。


 これが主役を最高に引き立てる脇役──俺にとってのセッターである。

 あぁやって主役が目立てるのは、俺の陰ながらの活躍のおかげだが、所詮は陰。どこかの誰かは、セッターを「支配者っぽくてカッコイイだろうが!!」と言うけれど、結局のところ「一番の引き立て役」という本質は変わらないのだ。


 ……でも、久住さんにも俺の陰ながらの活躍は見れないんだろうな。

 そう思い、ちらりと久住さんを見てみると──なんとびっくり。俺の方を見て拍手を送っている。マジかよ!! 脇役セッター、真面目に頑張って良かった!!


 すると久住さんの隣で舞香が「頑張れ、ウタ!」と言わんばかりの表情で親指を立てていた。きっと舞香が俺の目立たぬ活躍を久住さんに説明してくれたのだろう。


 ありがとう、舞香!


「すげぇな、あのセッター」

「あぁ、まるでロボットみてぇに正確なトスだ……」


 そしてありがとう。周りの人々の「何言ってんだこいつ」と言いたげな視線に晒されている中でも俺を賞賛してくれる、バレー経験者の誰かさん!!


 ──よし、頑張るぞ!


 この後も俺は精密なコントロールを武器に、チームメイトを引き立てた。次第に主役たちに向けられた声援に「主役たちが無事に活躍できている」と思い、達成感と優越感に浸るようにもなった。


 ちなみにセッターには小技がある。


(アイツが右を向いてる。次にボールが上がるのは右か?)


──残念、左でした。


 というように、ボールを送る場所を相手に視線で伝えながら、その逆にボールを送ったり──


「藤澤、ボール!!」


 飛んできたボールを上げる! ……と、見せかけて──


「は?」

「えっ??」


 そのボールをスッと……、相手のコートに静かに落とすといった行為もできる。

 これは上手くハマれば、コートにいる敵も味方も度肝を抜かすことができるものであり──。


 脇役が主役に成り上がれる瞬間である。



 ……………………………………

 ………………………………

 …………………………



 さっきまでみんながスパイクを決めていた時とは一変。空気が固まってしまった。

 ……俺、なんかまずいことしちゃいました?

 そう思った次の瞬間だった──。


「はぁぁ????」

「なんだ今の、アリかよ!!」


 えっ、ブーイング? 嘘だろ!??


「おい藤澤! 今のアリかよ! 俺にボール上げるんじゃなかったのかよ!!」

「まぁまぁ。今のは藤澤くんの必殺技みたいなやつだから! ね?」


 しかも味方にまでブーイングを受けるとは……。

 俺はバレーを通して再認識させられた。

 脇役は目立ちすぎてはいけないという、非情な現実を。常識を──。


 お、俺だって、たまには目立ってもいいじゃん!!!


 そう、心が叫びたがっていた。




【あとがき】


 球技大会編を前編と後編の二つに分けることにしました!

 前編はバレーを通して颯人のかっこよさとウタくんの『脇役論』を描きましたが、後編では颯人とウタの頂上決戦が始まります!!


 そこでウタくんに、まさかの展開が──??


 次回もお楽しみにです!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る