第32話 本物の恋

 セリシアが颯人に好意を寄せていることを知った俺は、すぐにその経緯を聞かされた。


「あれは去年の今頃くらいのことだった──」


 空を見上げながら、セリシアはその日のことを思い出して薄ら笑みを浮かべている。


「なんでも『ながら』でやってしまう悪い癖が昔からあった私は、眼鏡のレンズを拭きながら歩いていたんだ」


 そう話すが、今は眼鏡をかけていない。

 セリシアは元々、中学の頃は眼鏡をかけていたのだが、高校に入学してからの3ヶ月間は何故か今と違った、『三つ編みおさげヘア』と眼鏡の『超地味キャラスタイル』だったのだ。


 しかも眼鏡はどこの世界で入手したのか分からない『ぐるぐる巻きのレンズ』が使われたモノで、それがサングラスのように他人がセリシアの目を見れないくらい透明度が低い。


 それ故に、今日は誰もセリシアを知らないと思っていたのには納得がいく。


 セリシアは純粋な笑顔で話を続けた。


「そして前を見ていないものだから、廊下で颯人くんとぶつかってしまったのだ」

「うんうん……」


 頷きながら、俺はその時のことを思い出していた。なんせ俺、その場にいたからなぁ。


「そしてぶつかってしまったことに謝る私に、颯人くんが言ってくれた……。『眼鏡の無い方が可愛い』って」


 頬をまた赤く染めてセリシアは言った。

 中学の頃のセリシアが眼鏡をかけていても『学年一の美少女』だったことを知っていた俺たちだから、眼鏡の無いセリシアがそれ以上に可愛く見えたことには非常に驚かされたのはよく覚えている。


 それにしても、その出来事がセリシアの恋の引き金になったとは──俺は再度、驚かされた。


「でもその日が、お前が祖国に帰る前日だったよな?」

「あぁ、実に惜しいものであった。でも、こうしてここに戻ることが出来た」

「それで今は眼鏡をかけていないということか」


 あの日のことを思い出した俺は、眼鏡をかけていない今のセリシアの顔に目をやった。

 目元のホクロがよく見えるから実に可愛らしい。


 ──あっ、そういえば。


「セリシアさ、どうして去年、あんなスタイルだったの?」


 俺は去年の『超地味キャラスタイル』について言及すると、中学のあの出来事が挙げられた。


「私、うんざりしていたんだ。ただ君にプロポーズをしただけであんなに騒がれるのが……」


 セリシアは『学年一の美少女』が俺に告白したと大騒ぎになったことがどうも宜しく思っていなかったらしい。

 さすがに他人には言えないくらい内容がアウトだったので俺はキッパリ断ったが、傍から見れば『学年一の美少女がフラれた』というワケだから、大変騒がれたものだ。おまけに俺は美少女の告白にビビって腰を抜かしたと勘違いされ、『チキン野郎』という烙印を押されるハメになった。


まぁ別に、チキンなのは否定しないのだが……。


「だからぐるぐるレンズの眼鏡とあのおさげヘアで、あの頃の『学年一の美少女』と言われた自分を偽ったのだ」

「でも今は、颯人に振り向いてもらいたくて、眼鏡を外したというわけか」

「あぁ……。でもまた騒がれるかと思うと、どうも複雑な心境だ」


 好きな人がいるけど、周りが気になってしまう──どこか俺に似ている気がする。


「いいんじゃない、今の方が。それに──」


 だから俺はあの時、舞香に言われた言葉をセリシアにかけた。


「周りなんて気にしなくていい。好きな人のことだけを見つめればいい話だよ」


 そう言うと、セリシアは微笑みながら「そうだな」と返した。どうやら吹っ切れたようだ。



「君の友達の颯人くんが好き」


 颯人と知り合って十数年の間、幾度も聞かされたこの言葉が俺を『イケメンの友人キャラ』だと気づかせる。

 今回現れたニューヒロイン、鷺代さぎしろセリシアもまた、その一人であった。あぁ、実に悲しきかな。


 今回も俺は、彼女の恋の手助けをお願いされるのだろうか──。


「あっ、そうだ」


 ──と思っていたが、セリシアは突然、ガラッと話を換える。


「藤澤クンにはいないのか? 好きな人は」

「ちょっ、えっ? はっ!?」


 突然の内容が飛んできたものだから、声がひっくり返った。


「い、いないよ……。うん」


 そしてこう答えると、セリシアは少し残念そうな表情を見せた。


「……そうか、無いのか。胸をキュッと締め付けるような感覚とか」

「あぁ、残念ながらね。まぁ、可愛いからお近付きになりたいな〜というのはあるけど──」


「本当か!!??」


 しまった。つい喋りすぎた!!

 俺のポロリと零した言葉に、セリシアはグイッと迫ってきた。


「あっ、いや、別にセリシアの言う『好き』とは違うから!」


 そう言いながら、慌てて両手を振る俺。けれど身体が熱い。


「何を照れているのだ!? 好きなのだろ? その人のことが!?」

「だっ、だから違う──って!!」


 興奮のあまり、鼻息を荒くして迫るセリシアの両肩を押し切った。


「確かに俺、気になるよ。その人のこと。でも、いろいろあって心をくすぐられているというか、ドキドキさせられっぱなしっていうか……」


 こう言うべきだろうか。そう思い、こんなたとえを挙げた。


「なんていうか、好みのヒロインに抱く『好き』って感情に似てるんだ」


 俺は久住さんのことが気になっている。可愛いし、いろんなことがあってドキドキさせられたし。


 でも恋愛感情的に『好き』と言うには、何かが足りない感じがする。

 その何かが俺には分からなかった。


「……っていうかその人、他に好きな人いるし!!」


 そうだ。忘れてはいけない。

 久住さんは颯人のことが好きで、俺は久住さんの恋のキューピッドなのだ。


「へぇー」


 するとセリシアはニヤリと笑って、こう言い返した。


「あんなことを言う割には、君も周りのことが気になるわけだ」


 うっ……。これには何も言い返せなかった。


「……まぁ、『本物の恋』を知るに至ってない藤澤クンにこれ以上言っても仕方ないか」


 そう言うとセリシアはゆっくりと腰を上げ、屋上のドアの前に立った。


「『本物の恋』はいいぞ。知れば好きな人の事で頭がいっぱいになるからな」

「頭がいっぱいに……か」

「あぁ、そうだ」


 セリシアはドアを開け、去り際にこんな言葉を残した。


「『本物の恋』、君も知れるといいな」


「自分はその境地に至ることが出来たぞ」と上から言われたような、俺の恋を応援されたような──そんな感じがした。


『本物の恋』……か。それを知ったら、俺はどうなるのだろう。


 それを仮に久住さんに抱いたら、俺はどうするのだろうか──。





【あとがき】

セリシアさんが放った『本物の恋』。この言葉が今後のキーワードとなるわけですが……、今後のウタはどうなる!?


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それらは僕の血骨となり、更新速度もどんどん速めてまいりますので、何卒よろしくお願いします!!!!

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