第30話 藤澤雅樂はチキン野郎②
結羽との再度の料理対決があった日の夜、美唯の元に一通の電話がかかってきた。
「あっ、もしもし? 舞香ちゃん?」
電話の相手は松岡舞香──美唯とは中学からの付き合いの親友である。
『あっ、もしもし美唯〜』
今日はいい事があったのか、声が浮ついているような……やけにご機嫌なようだ。
「どうしたの? 彼氏さんと何か嬉しいことでもあったの?」
『いや、私の事じゃないんだけどさ〜』
そう言う舞香だが、まるで自分の事のように嬉々としている。
舞香が『聞いてくれない?』とノリノリな声調で聞くと、美唯が微笑みながら「いいよ」と言うので、こう続けた。
『私の可愛い可愛い
「ん? 従妹??」
『そそっ。今一緒に住んでる従妹。その子ね、学校に歳上の好きな人がいるんだけどさ〜』
「えっ! 恋バナ!? 聞きたい♡」
恋愛大好き久住美唯。ここで舞香の従妹の恋バナに食いついた。
『でもさ、あの子結構おっちょこちょいで危なっかしいというか……、とにかく誰かに尽くすには力不足って感じなのよね。それを本人が一番分かってるんだけど』
「へぇ〜」
──なんだか、あの子にそっくりだなぁ。
美唯が舞香の話にクスリと笑った。
『でも、最近は料理とか出来るようになったみたいでね、今日なんか好きな先輩に手料理をご馳走したら『美味しい』って言ってもらったんだって!』
「へっ、へぇー」
──あれ? 何この話……。いやいや、まさか……。
今日あったことと奇妙なくらい一致していることに、美唯は焦りを感じて少し動揺した。
そんな美唯を置き去りに、舞香はどんどん話を進める。
『でさ! 凄いのが、従妹の料理の上達っぷりなのよ! 一週間前くらい前は包丁を握るのすら危なくて見てられなかったのに、今日なんて一人で"オムライス"を完成させたんだよ? 凄くない??』
「すっ、すごいねぇ……」
──オムライス!? 今、オムライスって言った!?
これほどまでの偶然、あるはずがない。美唯は更に動揺したのか、作り笑いをするようになった。
そんな美唯の様子を気にすることなく、舞香は最後まで従妹の恋バナを話した。
『それで何があったか聞いてみたら……、因縁の恋敵のおかげだってさぁ〜』
「へっ、へぇー……、良かったねぇー」
『いやぁ、あの子言ってたよ? ……久住先輩のおかげで、変われましたー…………って』
さっきまでの跳ねるような声から、いつも通りの口調に徐々に戻っていく。
その過程で、美唯の表情から少しずつ作り笑いが消えていった。
『ねぇ、み〜ゆ〜』
「……はい」
『今回は……、どんな目的があったのかなぁぁぁ?????』
美唯に圧をかける舞香。美唯は悪いことをして親に叱られた子どものような表情を浮かべて──
「……ごめんなさい」
『いや、なんで謝るの!?』
「だって舞香ちゃん、怒ってるみたいで怖いんだもん!!」
『いやいや、別に私、怒ってないし』
そう言い張る舞香だが、あの強圧な声を聞いた美唯にはとても信じられないようだ。
「それに、私だって言いたいことがあるんだけど!?」
『ん? なに?』
「私、結羽ちゃんが舞香ちゃんの従妹なんて初耳なんですけど!?」
『いやぁ、あの子が颯人くんのことが好きなのはもう三年も前から知ってたんだけどね。変な行動を取るアンタと接点を持ったら、何か起こるんじゃないかと思ってこっそり見守らせていただきました』
「むぅぅ……」
してやられたと思った美唯は悔しさで頬を膨らましながら片手で髪の先端を
『いやぁ、まさかアンタが今度は『颯人くんを狙う恋敵』を演じるなんてね。おかげさまでウチの従妹はパワーアップしたみたいです。ありがとうございますぅ〜』
「ど、どういたしましてぇ……」
『で? アンタの今回の狙いは何?』
舞香がビシッとした口調で聞くと、美唯は口を結んで黙秘。
けれどこうなることは想定内の舞香。美唯が何も言わないので、代わりに自分で考えてみた美唯の思考を披露した。
『
「……………………」
『どうなの? はい? いいえ?』
「……………………」
『何も言わないなら、ウタにアンタの気持ちばらすわよ?』
「はい! そうです!! 名探偵舞香様の推理通りでございます!!」
舞香に脅され、ヤケになって美唯は答えた。
すると舞香は『よろしい』と言ってクスリと笑う。
「?」
てっきり舞香が呆れた溜め息をこぼすと思っていたから、予想外の行動に首を傾げた。
『……まぁ、また
「ふふっ、それは良かった」
優しく包むような舞香の声に美唯は甘い微笑みを浮かべる。
『…………で?』
だが、舞香の優しさはここまで。ここからは猛攻に転じた。
『アンタはいつまでこんな回りくどいことするつもりなの!?』
「ひゃう!!」
子どもを叱るような怒鳴り声に、美唯は驚いて身をきゅっっとさせた。
「そ、それは……、その……」
『……ウタにばらすよ?』
「ダメ!」
『じゃあ白状しなさい。アンタの狙いは? どうして素直にアプローチしないのよ?』
「……だって」
強く迫る舞香に気圧した美唯。ついに口を開いて真実を話す──と思われたが……
「……………わい………」
『えっ? なに?』
「…………………」
なにかをボソッと、舞香が聞き取れない声で漏らして終わり。そこからはまた口を閉ざして何も言わなくなってしまった。
『あぁ……、なんか、ごめん』
美唯の言葉は聞き取れなかったが、無理に話させる内容ではなかったかもしれない。僅かに聞こえた美唯の声からそう感じ、舞香はしゅんとしながら謝る。
「ううん、こっちこそ……ごめんね?」
けれどさっきのことが勘違いだったのかと舞香に思わせるほどの明るい声が返ってきた。
そんな美唯に安心したのか、またさっきの口調に戻してこう言った。
『まぁ別に? アンタの目的が達成されて、無事に結ばれれば、目的なんかどうでもいいんだけどね?』
舞香は、友達の恋が成就すれば──余程の汚い手を使って得た結果でなければ、の話だが──その結果以外は割と深くは触れないらしい。
だが、その結果になかなか行き着かない、もしくは障害になり得るものがあると、どうしても放っておけない。
舞香は『その代わり……』と、ビシッとした口調で言った。
『アンタがノロノロしてて、いつかウタを狙う恋敵が現れても知らないからね!?』
「そ、そんな人いるの!?」
『あくまで『仮に~』という話。言っとくけどアンタがどんだけ賢くても、そんな恋敵に勝てるなんて微塵も思ってないから』
「そんなぁ……」
『『そんなぁ……』じゃない。アンタが頑張ってアプローチすればいい話よ。わかった?』
「むぅ……」
『返事』
「……はぁい」
どこか不満そうに返事する美唯。それを聞いた舞香は『じゃあね?』と通話を切った。
〇
一方、舞香は通話を切った後、ベッドに身体を預けて天井を見上げていた。
「藤澤雅樂は……チキン野郎……」
ボソッと呟いたのは、自身が美唯に「頭に入れておきなさい」と告げた言葉であり、いつの日か、従妹の結羽が親戚の集まりで面白おかしく言いふらしていた言葉。
結羽はその頃にその言葉の由来を話しているから、舞香はそれを──ウタの中学時代の過去を知っている。
それだけではない。
舞香はなんと、ウタに告白した相手のことも知っているのだ。
名前も見た目も、そして──実は同じ学校にいることも。
「……もしかしてあの人、まだウタのこと……」
だけどウタは事実、告白を断っている。それでも、諦めのつかないことだってあるかもしれない。
そのことを考えた舞香だったが──
「って、まさかね」
そんなことがあるとは到底思えないと、鼻で笑った。
(あとがき)
これにて二章は終了です!
次回から更なる波乱が!? そして、ウタは──。
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