第29話 これが『イチコロ♡』ってやつですか?

 決戦の……いや、復讐リベンジの金曜日が訪れた。

 久住くすみさんは挑戦者が来るのを調理室で静かに待っていた。


「ふふっ……」


「ねぇ、なにこれ? 何この圧迫感ある空気は!?」

「ははっ、わかんねーけど楽しみだな。ウタ!」


 どうやら緊張しているのは俺だけみたい。久住さんはいつも通りニッコリ笑顔だし、颯人はやとに至っては「楽しみ」とか言ってるし。もうなにこれ???


「お待たせしました!」


 そんなとき、ついに挑戦者のお出ましだ。

 現れたのは、亜麻色のボブカットの女の子。顔にはナチュラルメイクが施された、今まで見たことないような可愛い歳下の女の子……。


 ──って、誰だよ!?



「おっ、おぉ、牧原? イメチェン??」



 ──えっ、牧原!?


 颯人がその子を『牧原』と呼ぶので、俺は二度見した。

 髪色とか体型とか……あと、ちょっと二つのお山の標高が低いところとか、言われてみれば牧原だ。

 けどよく見ないと分からなかったのに、颯人は少し迷いながらも牧原だと分かったのだ。すげぇ。


「えっと……牧原、だよね?」

「はい! ニュータイプ結羽ゆいはです!!」


 念の為、俺は本人確認をしてみた。

 うん、間違いない。あの美少女、牧原だ。

 よく聞く高い声が耳に入り、俺はすぐ納得した。

 てかニュータイプってきょうび聞かねぇな。ガンダムか? コイツ。


「颯人先輩、どうですか?」


 上目遣いで颯人に迫る牧原。普段の颯人なら爽やかスマイルでサラッと答えて、牧原が顔を真っ赤にするのだが──


「あっ、あぁ。可愛いよ、すごく……」


 なんと、颯人が頬を紅潮させて牧原から目を少し逸らしている。

 立場逆転。今回は牧原が照れる颯人に向かってニコッと笑った。


 だが、颯人との付き合いが長いからとりわけ驚きはしない。こうなったのには理由がある。


 実は颯人の好みは『歳下のボブカット少女』で、牧原は今、偶然にもその条件を全てクリアしたのだ。

 牧原としてはただのイメチェンかもしれないが、颯人には刺激が強すぎた、ということ。

 だが颯人のここまで詳細な好み、俺と姉しか知らないのに! 後で久住さんにも教えておかなきゃ!!


「あら、とってもお似合いですね♪」


 牧原がリードしていることに一切の動揺を見せない久住さん。微笑みながら挑戦者を褒めてみせた。

 まだまだ余裕は健在なようだ。


「でも、これは料理対決。イメチェンしたって加点対象にはならないですよ?」


 久住さんは『超』がつくほどを正論を投げかけ、牧原を煽る。


 でも颯人がちょっと惚れちゃったみたいだし、下手すれば牧原に贔屓ひいきしそうなんだよな。


「……だってよ? 颯人」

「あっ、あぁ、わかってるよ??」


 俺は念押しして久住さんの正論を乱さぬようにした。公平な審査、頼みますよ??


「どんな身なりでも、料理で勝てなきゃ意味無いですよ?」

「えぇ、分かってますよ?」


 久住さんに対し、挑戦的な態度の牧原。腕を組んで強い眼差しを向けた。


 ──あっ、あの手、そっか……。


 そこでふと、あるものを目にした俺。しみじみとさせられ、思わずクスリと笑みが零れた。



 〇



 フライパンで卵やライスを暖める音と匂いが、調理室中に漂っている。

 今、二人の少女の熱き戦いが繰り広げられているのだ。

 俺の家のキッチンと違って広いので、先攻後攻もない。両者とも、好きな人のために強い愛を燃えたぎらせていた。


「それにしても、熱いな」


 イケメンの付き添い役である俺は物理的な熱さを凌ぐべく、シャツの襟元をバタつかせた。


「……そうだ、な」


 対する主役は頬が赤くなっている。物理的な熱さじゃないね、これ。

 しかもボーッとしているような、目線は牧原に向いているような──どうやら牧原の見た目がまだ刺激を与えているみたいだ。


「あっ」


 ここでトラブルか?

 牧原が小さな声を漏らすと、表情を少し曇らせた。


「ふんふんふ〜ん♪」


 対する久住さんは余裕すぎてハミングを口遊くちずさんでいる。

 順調に事が進んでいるようだ。しかもまたふわとろ〜なやつ作ってる!


 どうやらまた、決着がつく前に勝者が決まったかもしれないな……。


 そう思ったのだが、結果を決めるのは颯人。彼のジャッジで勝敗が決まるのだが──。



「お待たせしました〜♪」


 まず始めに完成されたのは久住さん。

 満面の笑みを浮かべながら、白く大きな皿を俺たちの前に持ってきた。


 出てきたのはこの前と違ってバターライス。そしてやはりこの前と同様、卵の塊がライスの上に乗っていたため、俺たちは久住さんの説明抜きで卵の塊にナイフを入れて広げた。


「「おぉ……」」


 初見じゃないのに、つい俺たちは声を上げた。それほど久住さんのオムライスは完成度が高いのだ。


「仕上げにこのソースをかけて……完成です♡」


 そう言って久住さんは俺たちのオムライスにホワイトソースをかけた。

 具材はエビとほうれん草。特にエビは俺の大好物! やべぇ、早く食べたい!!


「私も、出来ました!」


 続いて牧原が持ってきたのは、薄焼きの卵がケチャップライスを包んだオーソドックスなオムライス。ウチで姉が作るものと同じようなものだ。


「見た目は普通ですが、味には自信があります!!」


 牧原はそう言って、曇り一つない笑顔を俺たちに向けた。

 そういえば少し失敗したみたいだが、その証拠である少し破れたオムライスは俺の方に置いてスルー。

 くそっ、成長したな! ズルいやつめ。


「た、食べよっか?」

「あっ、あぁ」


 スプーンを手に取る颯人に促され、俺も続いてスプーンを持って手を合わせた。


 そして一口……と思ったが、二人が固唾を飲んで颯人に注目するので、俺も手を止めて颯人のジャッジを見届けた。


 そして颯人は俺たちの目線を気にせず、それぞれのオムライスを、久住さんのものから順に一口ずつ食べて深く頷く。


「どう?」

「どうですか!?」


 結果を急ぐ二人。それでも颯人はゆっくりとスプーンを置いて、ふぅと一息ついた。

 さぁ、結果はいかに?



「……どっちも美味しい」


 颯人から出たのは『引き分け』という結果か? そう思ったが、「でも」と言ってこう続けた。


「……今回は牧原の勝ちだ」


なんと、牧原がリベンジに成功したのだ。

 その結果に、牧原は感激のあまり両手で口を押えた。

 さらに颯人は笑いながらこう続ける。


「確かに久住さんのオムライスも完璧で美味しかった。だけどなんだろう……、牧原のその手を見てしまったからかな? 牧原の頑張りを評価したくなっちゃってさ!」


 颯人が言っているのは、数箇所に絆創膏が貼られた左手の指──俺がさっき見た『努力の証』であった。


「いや、もちろんそればかりを評価する訳じゃないし、仮に指の怪我が見えてなくても、俺は牧原を選ぶよ」


 アタフタと両手を振りながらそう答える颯人。俺が「なんで?」と問いかけると、颯人は柔らかな表情でこう答えた。


「だって、牧原のオムライスの方が美味しかったからな」


 至極単純、だけど今回の対決で最も求められた答えであった。


「先輩、ホント……ですか!?」

「あぁ、ホントホント。マジのマジよ!」


 目に涙を浮かべる牧原に対して、颯人は満面の笑みで答えた。


 久住さん、悔しいだろうな……。そう思い彼女をちらりと見ると、なんと笑顔で拍手している。負けても勝者を称えて拍手を送るとは──久住さん、いい人すぎるよ!!


「あっ、ウタくんも食べて食べて?」


 あっ、俺も食べてよかったんだった。

 勝敗を左右させる権利のない俺だが、久住さんに促され、再びスプーンを持って二つのオムライスを実食した。


 まずは牧原──うん、家でよく食べるやつだ。

 それでも颯人はこっちのほうが美味しいと言ったのだが……、まさか久住さん、わざと手を抜いたとか!? こんなにも美味しそうな見た目なのに??

 俺は少し疑いを抱きながらも、ゆっくりと久住さんの作ったオムライスを口に運んだ。


 するとだ──。


「………………ウマイ」


 なんだこれ、美味すぎる。この前のオムライスとは比べ物にならないくらい美味しい!

 リッチな美味しさだとか、好きな味だからとか……、そういう領域の話じゃない。

 何か暖かい成分が身体中に染み渡るような──そんな味、いや、そんな感覚がした。


「どう? 美味しい?」

「……はい。美味しい……です」


 俺はあまりの美味しさに、放心状態に陥ってしまった。


 これが、『手料理でイチコロ♡』ってやつなのか──。

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