第26話「女の子を家に呼ぶ」って言っただけなのに

 俺の家で勉強会を開こう。


 久住さんのこの提案に皆が即賛成した結果、俺は土曜日、初めて女の子を家に招くことになった。


 もちろんこのことは家族に報告せねばならず……。

 そして夜にいざ、この一大ニュースを家族四人の集まる中で話してみると──


「えぇっ!? あのウタがついに!!?」


 まずは姉が目を見開いて驚いた。


 俺の姉──藤澤琴奏ふじさわことかは、俺よりも6歳も年上。母親譲りの黒のかきあげロングヘアがトレードマークだ。

 普段はなんと、今をときめくカリスマモデルとして活動しているハイパー美少女。

 今日も大人っぽい香水の匂いが鼻につく。


「おぉ、ウタが女の子を──」

「へぇー、どんな子?」


 続いて母がニヤリと笑って、興味津々な様子で聞いてくる。


 俺の母──鳳箏子おおとりそうこ(本名:藤澤箏子)もまた、姉以上の大物である。

 なんせあの宝塚のトップスターにまで登り詰めた、超がつくほど有名な女優なのだから。

 そして今や世界で活躍するミュージカルの女優として働いている。もう『凄い』なんて100回言っても足りないくらいだ。


「ねぇ、どんな子なの?」

「えっ、えっと……」


 母に迫られ、俺は何も恥じることなく「クラスメイトの女の子」と「中学からの後輩」と素直に答えた。

 これ以上は触れないでくれよ? そう思ったのだが……


「ウタ。それって、まさか──」

「もしかして……、ウタの好きな子??」


 ことねぇ(琴奏姉ことかねぇさん、の略)が俺の頬をツンツンしながら揶揄からかってきた。


「ちっ、違うって!!」


 ……まぁ、咄嗟にこう答えるんだけどね。


「うっそだぁー! だって耳、赤いぞ??」

「うっ……」


 琴ねぇのこの指摘には何も言えず。「ねぇねぇ」と、しつこく迫ってくる姉に負けじと、俺は必死に口をつぐんだ。


「ふふっ、そのへんにしてあげなさい。琴奏」

「ちぇ~」


 ふぅ、母さんのおかげで助かった。

 昔から俺は琴ねぇに揶揄われてばかりで、それを母さんが止めるのがいつも通りの藤澤家のやり取りである。


「でも、めでたいなぁ。母さん、今日は赤飯──」

「ねぇねぇママ! 今から焼肉でも行かない??」

「そうね。今日はウタの初めてをお祝いしなきゃ♪」


 おいおい、嘘だろ。

 俺がただ『女の子を家に招く』と言っただけなのに、琴ねぇのいきなりの提案のせいで、まるで誕生日を祝われたかのようなボリュームにまで発展した。


「えっ、祝い事と言えば赤飯じゃ──」

「焼肉、焼肉ぅ〜♪」

「さぁさぁ、行くわよウタ。今日は黒毛和牛でも近江牛でも、何でも食べさせてあげるから」

「あはは……、それはどうも」


 軽すぎる姉のフットワークと、羽振りが良すぎる母親。これが藤澤家である。


「いやいや母さん、焼肉ならこの前の日曜日に──」

「あなた、車出して」

「パパ、早くぅ〜」

「あっ、はい」


 そしてあまり触れなかったが、さっきまで母と娘に無視され続けていたのが、ウチの父である。


 俺の父──藤澤豊ふじさわゆたかもまた、母と同じく俳優なのだが、基本的に回ってくるのは『モブ』か『脇役』。まるで俺そっくりだ、頭に毛が少ないのは除いて。


 ただそのキャラが板についたらしく、テレビでは『名脇役』と言われているから決して無名ではない。

 まぁ、『名前だけ聞いてもピンと来ない』『顔を見ればわかる』ってのが世間のイメージなんだけどね。


「いや、でも贅沢すぎるのは良くないぞ? 母さん」


 でも、家族内で脇役になってどうするんだ大黒柱!

 ここは父親らしく威厳を! ……と言いたいところだが──


「は? そんなの琴奏とウタが行きたいって言ってるからいいでしょ?」

「……はい」


 母さんが蛇の如く睨みつけてくるから、どうも頭が上がらないみたいだ。

 てか俺、焼肉食べに行きたいって一言も言ってないけどね!?



 〇



 そして勉強会当日の12時。

 起床して一階のリビングに降りたが、家族は誰もいない。

 土曜日にも関わらず、みんなでお仕事。いやはや、有名な芸能人は違いますな。


『晩ご飯は適当に作っておいてね~』


 LINEには今日、日本をった母からメッセージが送られていた。

 料理を作るのはいつも琴ねぇの仕事だが、今日は帰りが遅くなるとのこと。これが母が多忙になってからの藤澤家の生活である。


「さて、俺も行くか」


 俺は昼食を軽く済ませ、白のパーカーと黒のジーパンに着替えて外を出た。

 今から駅で待つ久住さん達を迎えに行くのだ。


 それにしても、羨ましいな颯人は。

 きっと俺の向かう駅で、イケメンが両手に華を抱えた輝かしい光景が待ってるんだろうな。


 そう思っていたのだが、予想の斜め上の光景が俺を待ち受けていた。


「おぉ、ウタ。おはよ〜」

「おは──って、何やってんの……」


 見ると久住さんと牧原が、颯人を挟んで火花を散らしあっている。

 それはいいんだ。イケメンを取り合うヒロインの戦いらしくていいんだ。


 ただ……


「颯人、両手に持ってるそれ、なに?」


 どうして両手に華じゃなくて、スーパーの袋持ってるんだ……。

 こんなの、イケメン役のやることじゃない!


「あぁ、これ? さっき三人でスーパーに行ってたんだ」


 けれど颯人はお得意の爽やかスマイル。

 きっと颯人は優しいから、久住さんと牧原の荷物を持ってくれたんだな。こりゃ失礼しました。


「それにしても、なんでスーパー?」

「ほら? ウタの家族、今日も夜遅いし、ウタが今日も晩ご飯作るんだろ? だからウタの家で晩ご飯作ろう!って久住さんが提案したら……」


 そう言って、颯人は久住さんを見て頬を膨らます牧原に目をやった。


「なんか牧原が、『料理対決やりたい!』って言い出してさ」


 颯人は苦笑いしてそう言った。


「わ、私、絶対に負けませんから!」

「ふふっ、楽しみにしてるね♪」


 戦いを仕掛けられたと強く思い込む牧原に対して、久住さんは余裕の笑顔。

 牧原、声震えてるけど大丈夫かよ??


「おい颯人、牧原にそんなことさせて大丈夫なのかよ?」


 俺は牧原を見て、堪らず小声でそう聞いた。


「まぁ、大丈夫だろ?」


 すると颯人は何の保証も無いのに笑顔で返す。

 ほんとこの後、どうなっちゃうの? 嫌な予感しかしないんだけど……。




【あとがき】


今日はもう一話投稿する予定です!!

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