第24話 これが本来の在るべき姿……ですよね?

『それでは、調理に取り掛かってください』


 家庭科の先生が簡潔な手順の説明を終えると、クラスの皆が定められた調理台へ向かう。

 今日は調理実習。一学期中間テスト前の一大イベントだ。


「お互い頑張ろうな、ウタ!」


 颯人はやとが早速、毎度毎度の爽やかスマイルを向けてこちらにやってきた。

 その笑顔から余裕が伺えるが……コイツ、料理のセンスはポンコツなんだよな。


「おう。気をつけろよな?」

「ははっ、わかってるって!!」


 お気楽な態度を見せて、颯人は自陣へ戻っていく。

 ポンコツなのは別にいいけど、ケガだけはしないでおくれよ。




 今回の調理実習は2クラス合同──つまり、違うクラスの颯人も同じ空間にいるということだ。

 ちなみにウチの学年は1クラスの人数が30人にも満たないが、1学年で60人程度が所属する『家庭科学科』専用に作られた調理室が大きいから、2クラス合同の調理実習が可能ってわけ。


 ちなみにちなみに……、俺の後輩の牧原結羽まきはらゆいはは『家庭科学科』の1年生である。

 何故、彼女が俺たちと同じ『普通科』でなく『家庭科学科』にいるのか──


「おーい藤澤く〜ん、早く〜」

「あぁ、今行く」


 それはまた、別のお話。

 俺は同じ班のメンバーに名前を呼ばれ、自陣へ少し駆け足で向かった。


「それじゃあ早速、やろっか?」


 そう言って本日の調理実習を仕切る、おっとりとした優しい見た目の長身男子は、同じ班の道重優樹みちしげゆうき

 颯人と同じバレー部所属で、舞香まいか──中学からの付き合いで、交際歴は今年で三年目だという。


「俺と藤澤くんでハンバーグを作るから、君はご飯を炊いてくれないかな?」

「いいよ!」

「君は確か料理が得意だったよね? サラダと味噌汁の具材を切ってもらってもいい??」

「うん、任せて! ついでにハンバーグ用の玉ねぎも切ってあげるね!」

「おっ、ありがとう!」


 道重は滑らかに同じ班の女子二人に指示を送る。すごい統率とコミュニケーションだ。


 颯人いわく、道重は統率力が非常に高く、今回の調理実習を仕切るのに相応しい存在であることがわかる。

 だが本人いわく、その統率力は後天性。頼りがいのある舞香と付き合っているうちに、身についたんだとか。舞香、すげぇ。


「じゃあ俺たちは早速、ハンバーグ作りますか?」

「了解」


 俺は道重に従い、ハンバーグ作りに取り掛かった。



 〇



 調理が終盤を迎えた頃。

 テキパキとした動きで、サラダをこの空間の誰よりも早く完成させた料理上手の堀田ほったさんは道重とともにソース作りをしている。

 もう一人の女の子、水野みずのさんは味噌汁を完成させて、ハンバーグを焼く。ついでに目玉焼きまで作っている。いい匂いだ。


 さて、モブキャラの俺は──


「堀田さん、これ使う?」

「ううん、もう大丈夫! ありがとうね!!」


 堀田さんがさっきまで使っていた包丁とまな板をシンクに集めて、スポンジで洗う。

 俺は道重の指示が出るより先に、率先して洗浄作業を行っていた。

 皆と違って派手さは無いが、これも大事なおしごと。俺にとっては天職である。



 ──そういえば久住さん、何してるんだろう?


 洗浄作業が終わり、俺は久住さんの班の調理台に目をやった。

 確か久住さんも、ウチの堀田さんと同じくサラダを作ってたっけな。


 ──って、凄っ!!


 見ると彼女の作ったサラダは盛り付けが非常に彩り豊かで美しかった。見た感じ野菜も綺麗に切れている。

 どうやら久住さんも、料理が得意なようだ。


「ねぇねぇ、ウタくん」

「おぉ、久住さん。どうしたの?」


 肩をツンツンとつつかれ、俺はびっくりしながらも後ろを振り向いた。


「あのね、聞きたいことがあるんだけど?」

「ん? なに?」

「ハンバーグの、ソースのことなんだけど──」


 ははーん、さては──。俺は久住さんが質問する前に、質問の内容を当ててみる。


「あぁー、颯人の好みの味が知りたいの?」

「そうなの。よく分かったね?」

「まっ、まぁね? ……って、えっ!?」


 何故だろうか、反射的に驚いてしまった。

 そんな俺を見て、久住さんは「なに驚いてるの」とクスクス笑いながら言って、こう続ける。


「でさ。颯人くんってどんな味が好みなのかな?」

「颯人なぁ……。基本は濃い味が好みだな」


 俺がそう言うと、久住さんは「ありがと♪」と言って自陣へ戻った。

 よし、久しぶりに恋のキューピッドとして貢献できた!


「ふんふんふ〜ん♪♪」


 久住さんはソース作りに取り掛かり──完成させると早速、颯人を呼び出して味見をしてもらっていた。

 颯人は「うまっ!!」と、かなり大きなリアクション。どうやら久住さん、上手くいったみたいだな。


 学年一のイケメンと学年一モテる美少女が仲良くしている姿を遠目から見守る『イケメンの友人キャラ』の俺、という構図。

 これが本来の在るべき姿だよな。しみじみ……。


「どうしたの? 藤澤くん」

「あっ、いや! あの二人、いい感じだなぁって!!」


 道重に後ろから声をかけられ、アタフタしながら俺は答えた。


「……もしかして藤澤くん、いてる?」

「や、ややっ、は!? いや、妬いてるわけないじゃん!!」

「えー? 付き合ってるってウワサされたくらい仲良しなのに??」

「そ、それは関係、ないだろ……」


 俺は思わず頬を掻いた。


 いやいや。俺は久住さんの恋のキューピッド。久住さんには颯人とくっついてもらわないと!!


 そう強く思っている俺だが、こんなことが脳裏に浮かぶ。


『別にウタくん先輩の応援無しでも、私は勝ちますので!』


 もし牧原が颯人と付き合うことになったならば、俺と久住さんはどうなるのだろう──。



 ──ダメダメ。ネガティブ思考、良くない!


 俺は首をブンブン振って、マイナスな考えを払った。

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