第23話 牧原結羽
『放課後、体育館前に来てくれませんか?』
五限目が終わり、六限目までの休憩時間に携帯電話を見ると、
「なんだよ。改まっちゃって」
いつもは『放課後、一緒に帰ろ〜』とか『話があるから、校門前で待っててくださいね〜』とか……、砕けた口調、あるいは(後輩のくせに)タメ口でメッセージを送ってくるのだが、今回は違う。
なんだか珍しいものだから──常識的で、おかしな態度じゃないけれど──実に牧原らしくなくて気味が悪い。
「ねぇ、ウタくん」
隣の席から、
「ん? どうしたの?」
「今日、一緒に帰らない?」
なんと、放課後にビッグイベントが発生。だけど牧原との約束があるからなぁ……。
「ごめん、今日は先約があるんだ」
「ふーん、何があるの?」
「あぁ……、ちょっとね」
別にやましいことでは無いのに、俺は咄嗟に言葉を濁した。
すると久住さんは「もしかして──」と、クスリと笑ってこんな質問をする。
「女の子からのお誘い?」
「ん? ……チガウヨ??」
「へぇ……」
えっ? 何?
久住さんがニッコリ笑って、隣の席から徐々に顔を近づけてくる。
ドキドキする、というか──怖い!!
しかもこれじゃ、また『イチャイチャしてる』って周りに思われてしまう。
「ほ、放課後に牧原に呼び出しされてさ……」
俺は堪らず口を割った。
すると久住さんはスっと顔を元の場所に戻す。
「昨日のことかな?」
「そう、かもね。それかまたラノベを貸してくれるのかも」
「ラノベ?」
──ラノベを知らないのか!?
「あー、ラノベってのはね……」
おっと危ない。話を大幅に脱線するところだった……。
俺は一つ咳払いをし、溢れんばかりのラノベ愛を押さえて「こんな感じのやつだよ」と、牧原から借りているラノベを一冊手渡した。
それをパラパラめくる久住さん。
返す間際に、ニヤつきながら──
「……えっち」
「いやいや、イラストがちょっとエッチなだけであって、それがメインの作品じゃないから!」
俺はついムキになって言い返す。
それに俺、エッチなイラストが目当てじゃないよ?ホントダヨ?
「……じゃなくて。ごめんね、今日は牧原との先約があるから」
できれば久住さんと一緒に帰りたかったな。けれど可愛い後輩との約束は破れない。
俺は「明日ならいいよ」と返す。けれど久住さんは──
「じゃあ、待つよ?」
「えっ? そんなの悪いよ」
「大丈夫。今日は暇だし、待つのは嫌いじゃないし」
一切の不快感が見られない明るい表情を見せる久住さん。
そんな顔して、隣の席の
「わかった。ありがとう」
「ふふっ、 どういたしまして♪」
申し訳なさがチラリと過ぎったが、ここは感謝の意を表するのがいいんだっけな。
俺は優しい久住さんに礼を言った。
〇
「あっ、先輩。どうもです」
放課後の体育館前、牧原が俺を待ち伏せていた。
桃色の練習着姿に、綺麗で細い足を大いに曝けだす黒のショートパンツ、いつも通りのポニーテール。この三拍子が図書委員の彼女と違った、アクティブな姿を表す。
「久しぶりだな、部活モードの牧原」
「ウタくん先輩がバレー部辞めなかったら、この姿をたくさん拝めたのに、もったいない人ですね??」
「その姿をまじまじ見つめるのは一部の男子だけだよ」
そう言うと、頬をムッと膨らます。そんなに露出度の高い姿を見せたいのかよ。
「それで、話って?」
久住さんが待っているし、そんなに時間は潰せない。俺は本題に移る。
「ウタくん先輩に、お詫びをしようと思って……」
「あぁ……、昨日のことはいいよ。中野は今日、朝から土下座してきたし、ひどいことはされてないから」
「それなら私もです。さっき呼び出されて謝られたし、私が『お付き合いできない』って言ったらすんなり引き下がってくれたし」
「ふーん……、ちゃんとフッたんだ」
以前まで「怖いから〜」という理由できっぱりフレなかったのに、今は違うみたいだ。
牧原の大きな成長に、思わず笑みが零れた。
「……まぁね?」
すると牧原もクスリと笑って返す。
「てことは、これで俺はお役御免ってわけか」
「そう。だから今日は『私の無茶に付き合わせて、ごめんなさい』って伝えようと──」
「それは違うよ、牧原」
むしろ、ありがたいくらいだ。
偽物の恋仲とはいえ、前世で余程の徳を積まないと付き合えなさそうな可愛い後輩と、俺みたいな平凡な先輩がカップルらしく振る舞えたことに、牧原だけでなく神様にも頭を下げたいくらい。
それに──。
「牧原とあぁいうことしたりとか、牧原の前であんなクサいことしたのも含めて、いろんなことが経験できたことに感謝してるんだ」
「ウタくん先輩……」
「それにさ、結構緊張したけど、すごく楽しかった。ありがとう」
そう言うと牧原は「変な先輩」と、鼻で笑った。
「そりゃどうも」と、微笑みながら返す。
「これからは、どうするんだ?」
別に聞くまでもないと思うが、俺は彼女の一途な片想いを確かめるべく聞いてみた。
「そりゃもちろん、颯人先輩に全力でアプローチするつもりですよ?」
「……だよな」
「あっ、上手くいかなかったら、先輩が責任取るために私とお付き合いしてもらうので──」
「先に言っておく。お断りします」
「……先輩のくせに生意気」
「生意気なお前には一番言われたくない。ていうか、なんで俺が責任取るハメになるんだよ」
「そりゃ先輩にはこれから、大事な後輩の恋をお手伝いしてもらうからです!」
そういえば俺が図書室で言った言葉、通じてなかったな。
「それは、無理なんだ」
俺は彼女の一方的なお願いを断る。
申し訳なさを言葉に乗せて、こう続けた。
「実は俺、同じクラスの……颯人のことが好きな女の子のお手伝いをしてるんだ」
これを打ち明けると、彼女を傷つけてしまうかもしれない──そう思い、一度言葉を詰まらせたが、牧原は平然とした様子で返した。
「……知ってますよ?」
「えっ?」
「ていうか……、そんな気がしました。ウタくんと図書室に来た女の人ですよね?」
「……あぁ」
「やっぱり。なんとなくそんな気がしました」
理由はかなり曖昧だが、どうやら牧原は目がよく利くみたいだ。
「
俺は少し自慢げに、ニヤリと笑って言った。
「知ってますよ。アインシュタインに並ぶ優秀な頭脳で恋愛を制す──うちの学年でもかなりの有名人ですよ?」
やっぱりか。すごいな、久住さんは。
「まぁ……だから何? って話ですよ」
それでも彼女は
「別にウタくん先輩の応援無しでも、私は勝ちますので!」
「うん。応援してるよ」
「それじゃ私、アプローチしてきます!」
「あぁ、いってらっしゃい」
牧原はビシッと敬礼ポーズをして、颯人の元へ駆けて行った。
俺との別れ際に背を向けたとき、桃色の練習着の背中にはこんな言葉が大きく書かれていた。
『一心不乱』
──と。
そんな彼女に親心のような気持ちを抱いた俺は、いつの間にか目が釘付けになっていた。
見れば今までと違って、積極的に颯人に近づいている。
ホントに成長したんだな。
「……って、めちゃくちゃテンパってるじゃん」
突然、緊張してアタフタする牧原に、颯人が爽やかな笑顔で手を振って離れていくのが見えた。
中学の頃からよく見せられた光景……、やっぱり変わってないんだな。
「ホント、楽しそうに話してましたねぇ〜」
「まぁいつも通りだけどね……、って久住さん!?」
横から甘い声が聞こえ、びっくりして
「ふふふっ」
久住さんは口元に手を当てて微笑むが──颯人に近づく牧原への嫉妬が垣間見えたような……、怖い怖い。
「もう用は済んだ?」
「あぁ、終わったよ」
「そっか。じゃあ帰ろ♪」
「うん、帰ろ」
満面の笑みを浮かべる久住さん。
今更だけど、こんなにも可愛い女の子と今から二人きりで帰れるのか。
神様、ありがとうございます!!!
俺は久住さんの歩幅に合わせて、校門へ足を運んだ。
「あの……」
「なに?」
「なんか、近くない?」
「んー? 気のせいじゃない??」
「あっ、そうか。気のせいか。あははは……」
いつでも強い志を抱いて、夢や目標に向かって真っ直ぐ目線を向け、強く羽ばたくカッコイイ女の子。
【あとがき】
次回、久住さん動きます──。
二章は後半戦へ突入します!!
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