第22話 「…………だっさ」

「ウタくん、どこ?」


 時は美唯みゆがウタたちを見失った直後に遡る。

 駅に着いた美唯は辺りを駅構内を探し回るが、二人とも見つからない。

 ICカードで改札を通り、ホームに降りてみるが、やはりいない。


「もしかして、電車に乗ったのかな……」


 ホーム手前の階段で、美唯はため息をついて俯く。

 もうウタを追うのは諦めよう……。美唯は改札を降りて家に帰ろうとした。


「あれ? 久住さん?」

「美唯?」


 すると階段から降りてきた舞香(まいか)と颯人(はやと)に偶然出会でくわした。

 舞香は真っ先に美唯の元に駆けつける。


「どうしたのさ? こんなところで」

「ウタくんを追ってたんだけど……」

「……アンタ、ついにストーカー行為にまで及んだのね」

「だってウタくんが、図書委員の女の子とデートするって言うから……」

「ストーカー行為は否定しないのね……」


 ウタへの執着の強さに舞香は唖然するも、「まぁ、いいわ」と言って、こう続けた。


『まもなく、〜行きの電車が──』


「久住さん、ついて来て」

「えっ?」


 颯人は美唯の手を引っ張って電車に乗り込んだ。舞香も二人に続く。


「どこ行くの?」

「今からウタのいるところに向かうの」


 舞香と颯人の目的が分からない美唯は電車に揺られる。

 美唯が「どうして?」と聞くと、二人は口を揃えてこう言った。


「「ちょっとね」」



 〇



 一方、数分後の野外カフェでは波乱が生じていた。


中野なかの……先輩……」

「俺とのデートを断ったお前が、こんなところで何してるんだ?」


 気絶しているウタを置いて、中野は結羽に高圧的な態度で迫る。


 ──早く諦めてどっか行ってよ……。


 結羽は切に願うが、それは叶わず。中野は結羽を睨みつけた。


「なぁ?」

「…………」


 その目つきは鋭く──それに耐えられなくなった結羽は中野から目を背けて口をつむいだ。


「おい、無視か?」

「…………」

「はぁぁ……、あのさぁ──」


 中野は目線をウタに向けて、彼の胸ぐらを掴んで持ち上げ──


「俺じゃなくて、なんでこんな奴と一緒にいるのか……って聞いてんだろ!?」

「先輩!!」


 思いっきり顔面に拳をぶつけて殴り飛ばした。

 ウタは地面に叩きつけられ、そのときに周りの視線はウタたちに一点集中。一気にざわつきが生じた。


「なぁ、答えろよ?」

「…………サイテー」


 先輩が殴られ、怒り心頭の結羽は震えた小さい声を出す。


「あ?」

「そんなの……」


 そして声を荒らげてこう続けた。


「アンタよりウタくん先輩がいいからに決まってんじゃん!!」

「ぐっ……」

「フラれた腹いせにウタくん先輩を殴るなんて、最低! クズ!! どっか消えてよ!!」


 泣き声混じりで、結羽は叫んだ。そんな彼女に中野は少し怯むが──


「てめぇぇ!!!!」


 なんと相手がか弱い女の子だというのに、中野は結羽に拳を振るおうとした。


 そのときだ──。


「なっ!?」

「………………」


 ウタが背後から左手で中野の手首をガシッと掴んだ。


「藤澤ぁ……」

「あーあ。さすがにそれはまずいでしょ」


 不敵な笑みを浮かべながら、ウタは罵る口調で捲し立てる。


「ただでさえ横暴で『ヤリもくでしか女と付き合わない』とか悪評立ってるのに、まさか女の子にまで暴力振るおうなんてねぇ〜」

「くっ……、黙れ!!」


 中野はウタの掴む手を強く振りほどく。


「久住さんといい、牧原といい……、なんで俺以下の雑魚が!!」


 そしてウタが体勢を崩して尻もちをついたところに追い討ちをかけるように胸ぐらを掴んだ。

 胸ぐらを掴まれたウタは舌を打ってボソッと声を漏らす。


「……またそれかよ」


「あ?」


 そして中野に怖じることなく、笑いながらいつもの自虐に走った。


「いつも言われるんだよねぇ。『なんでお前が〜』とか、雑魚だとか脇役だとか……。それでも牧原はこんな俺と、二人でこんなことやってくれたんだぜ? すごくね?」

「だからお前のそういうのがムカつくって──」

「だよねぇ。お前ようなカーストトップの下につくモブがこんな扱い。上下関係がめちゃくちゃ。昔の貴族が見れば度肝を抜くだろうね」


 ヘラヘラ笑っておかしなことを並べるウタ。けれどそれはここまで。

 ウタの態度に更なる憤りを感じた中野は大きく拳を振りかぶった──そのときだ。


「殴れよ」


 ウタは表情を強ばらせ、冷えた声を放った。


「女の子にフラれた腹いせにキレ散らかして、その子にまで手を出したくなるほどイライラしてんだろ?」

「ぐぬぬ……」

「みんな見てるから学校での株は大暴落。こんな雑魚を殴っても、もう失うものなんてないでしょ? ほら??」


 一切恐れず、ウタは中野を煽り続ける。


『うわぁ、だっさ』

『サイテー……』


 けれど周りの視線は冷たい。同じ高校の生徒たちは皆、中野をさげすんでいた。


「ちっ」


 このままウタを殴っても気持ちが晴れないと感じた中野はウタを離して背を向ける。


「明日、覚えとけよ……」


 そして捨て台詞を吐いて、取り巻きの二人とともにこの場を去った。


「……はぁ」

「先輩!!」


 中野たちの姿が見えなくなると、おそれに顔を青ざめた結羽がウタの元に駆け寄った。

 するとウタは「大丈夫」と小声で言って立ち上がる。


「お騒がせしました」


 そして周りに軽く頭を下げて、結羽の手を引っ張ってこの場を去った。





「いっ!!!!」

「じっとしてください!」


 その後、ウタは公園のベンチにまたぐように座り、口元にできた切り傷の手当てを受けていた。

 結羽はピンセットで掴んだ綿に消毒液を染み込ませ、それをウタの傷口に当てる。


「いてて……、こんなの、放っておけばいいのに」

「染みるから嫌なだけでしょ? ほら、我慢して」

「いででで……、てかお前、なんでそんなの持ってんの?」

「私、よく怪我するからさ。こういうの必須なんだよね」

「ふっ……不憫なやつ」

「なに笑ってんのよ」

「いででででで!!!」


 ウタが鼻で笑うので、結羽はムカついて傷口に強く綿を当てた。ウタはあまりの痛みに、傷口付近を押さえて悶える。


「あははは!!」

「この悪魔め……」


 その姿が面白おかしくて、結羽はさっきの不穏な出来事を忘れたかのように大きく笑った。


「あははは……ははは…………」


 けれど明るくなった表情はどんどん曇り、花がしおれるように顔を下げる。


「…………グスッ」


 そして目から涙を零す。涙は止めどなく溢れ……、結羽は両手で涙を拭おうとした。


「なに泣いてんだよ」

「……だって、私のせいで……グスッ、先輩が……」


 自分が中野を遠ざけるべくウタに恋人のフリをさせたから、こんなことになってしまった──そのことに結羽は大きな責任を感じていたのだ。


「ごめんなさい……、ごめんなさい……」

「別にいいよ」


 ウタは泣きじゃくる後輩の頭に手をポンと置いて、優しい声をかけた。


「それより、牧原が無事で良かった」


 可愛い後輩に傷がついてなければ、自分はどうなったって構わない。そう思ったウタだが……。


「そんなの……ヤダ」


 牧原はもちろん、それを良しと思っていない。


「だって先輩、こんなに傷ついたし……」

「だから、こんなの大丈夫だって──」

「大丈夫じゃない! 先輩、あの人にまたこれから酷いことされるんだよ!?」


 確かに中野は言った──『明日、覚えとけよ……』と。

 けれどウタはそれに物ともしていない様子。笑いながらこう言った。


「大丈夫。俺みたいな脇役は、ヒーローに助けてもらうから」

「ヒーロー……?」

「そう。頼れるカッコイイヒーロー。だから心配するな」


 そう言ってウタは結羽を優しく撫でる。そしてウタは微笑みながら──。


「俺さ、小学校の頃から誰かに助けられてばっかりなんだよね」

「……そう、なんだ」

「そう。でもさ、いつも颯人が助けてくれんだよ。最近は気の強い女友達にも助けてもらったんだ」

「女の子に助けてもらったなんて……、やっぱり先輩、情けない」

「それはどうも」

「……褒めてない」

「はははっ……。でもさ、たまに思うんだよ──ヒーローになりたいって。だからさ……」


 結羽から手を離し、身体を前向けにして座ったウタはクスリと笑ってこう言った。


「後輩の前で……、ついカッコつけちゃった」


「……ぷっ。はははっ……」


 すると結羽はまた笑った。さっきよりも弱い笑い声。だけど口元は緩み、徐々に表情が明るくなっていく。

 珍しくクサいことをするウタがおかしかったのか、笑いながらボソッと吐いた。


「…………だっさ」


「うっ……」


 ウタはメンタルに9999のダメージ。こんなこと二度と言うもんか、と強く誓った。



 〇



「ちっ、あの野郎……」


 イライラをぶち撒くように、中野は周りの電柱などに八つ当たりする。


「そんなことより、藤澤どうする?」

「どう始末する?また殴ってやるか?」


 そんな中、取り巻きの二人がヘラヘラと笑っている。


「へぇ……殴るんですかぁ」

「ひっ…………」


 だが彼らが笑っていられるのはここまで。前から少女の凍えるような冷たい声が耳に入り、男たちは身震いした。


「くっ、くくっ、久住……さん??」


 中野は腰を抜かして尻をついた。

 なんせ彼女──腕を組んで怒りの視線を飛ばす舞香と颯人に囲まれ、ここにいる誰よりも冷酷な表情を浮かべているのだから……。


「また……ということは、ウタを殴ったのね?」

「いや、そんなわけ……」

「あ?」

「……はい、ごめんなさい」


 舞香がドスの効いた声を放つと、中野は怖気付いて、震えた声で即謝罪。

 たとえ横暴な男とはいえ、彼女のトーンが消えた黒い瞳には抗えないようだ。


「ははっ、何事も正直に答えないとだな」


 そんな三人を見て爽やかに笑う颯人。だがもちろん、心は笑っていない。


「ねぇ、三人とも……」

「……はい」

「次、ウタくんに酷いことしたら……」


 美唯がそう言うと、少し溜めてからいつもの甘いスマイルを向けて──親指を下に指しながらこう続けた。


「✕✕しますからね♪」



「………………」

「………………」


「………………に、逃げろ!!」


 中野たち三人は、顔面蒼白になりながら駅まで逃げていった。


「…………だっさ」

「「……だね?」」


 逃げる三人を颯人が鼻で笑うと、同調して二人もクスッと笑った。



 翌日、中野はウタの前で土下座で謝罪。結羽にも土下座で謝罪したとのこと。

 どうやらウタの言う通り、ヒーローがウタの平和を取り戻したみたいだ。



【後書き】


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