第21話 藤澤雅樂はチキン野郎

「待ってましたよ? ウタくん先輩♪」


 終礼が終わりウタが下駄箱へ向かうと、牧原結羽まきはらゆいはが待っていた。

 ウタは「お待たせ」と言って、結羽と校門前までゆったりとした足取りで向かう。

 その道中で、ウタはあることに気づいた。


「あれ? 今日は体育館開いてないんだ」

「はい。今日は大掃除やるらしいので、バレー部もバド部も、バスケ部もみーんなお休みらしいですよ?」

「へっ、へぇー……」


 今日はバスケ部の練習が無いとわかり、中野なかのが近くにいるかもしれないと思っているのか、ウタの声が震える。


「先輩?」

「ん? あぁ、大丈夫!」

「もしかして、緊張してます?」

「いやいや、全然!」


 けれど不安に顔を染めると、彼女を心配させることになる。ウタは無理に笑って負の感情を隠した。


 ──今日は可愛い後輩とデートを楽しむことだけに集中しよう……。


 そう思い、ウタは口角を上げてみる。


「と、ところで今日はどこに行くんだ?」

「今日はですね、先輩とどうしても行きたいお店に行くのです!」

「ほぉ……、アニメイトか? メロンブックスか?」

「いえ、違うので」


 ──そんな真顔で否定しなくても……。


 かつては二人で行った場所を挙げてみたが、結羽は「そんなわけないでしょ」と言わんばかりの表情。

 対してウタは「昔とは違うんだな」と、成長した子どもを見て少し悲観する親の面持ちだ。


「じゃあ、どこに行くんだ?」


 ウタがそう聞くと、結羽は無邪気に笑ってこう言った。


「今日はですね、先輩と恋人らしくなれる場所に行こうと思ってて」

「恋人らしくなれる場所?」

「そうです! だって私たち、今日は恋人同士じゃないですか??」


 ──恋人同士、ねぇ……。


 偽の恋人関係だとわかっているのに、ウタは「本当の恋人なのでは?」という錯覚に陥りそうなるが──。


「いやいや、違う違う!!」


 ウタは首をブンブン横に振って、自分の使命を思い出す。

 だがそれが気に食わないのか、結羽はムッとして両頬を膨らましている。


「じゃあ……これならどうですか!?」

「!?」


 校門を出ると、結羽はウタの右腕にがっちりホールド。これで傍から見れば恋人以外の何者でもない。


「牧原離せ! それはアウトだろ!?」

「いいえ、恋人同士だからセーフですぅ〜」


 ウタが結羽を振りほどこうとするが、ちっとも離れる気配はなし。

 ウタは呆れてため息をつき、しがみつく結羽をそのままに、結羽の歩幅に合わせて歩いた。


 一方、ウタの背後からは──。


(ウタくんから離れろウタくんから離れろウタくんから離れろ──)


「ひっ!!!!」


 美唯みゆの高圧的な視線が送られていた。それを感じたウタは思わず、チラッと後ろを見てすぐに前を向く。


(恋のライバルにあんな視線向けるの!? 女の子怖っ!!)


 ウタは思った。颯人イケメンの取り合いは修羅の極みに達するのではないか、と。

 だがこれはもちろん、大きな勘違いである。


「先輩? 後ろなんか見てどうしたんですか?」

「あっ、いや、さっき顔見知りのやつとすれ違ったかも、と思って……」


 ここで美唯が後ろをついて行ってるとバレれば、説明が面倒だ──そう思ったウタはそれっぽい理由をつけて誤魔化す。

 だが、結羽はそれがウソだとすぐ見抜いたようだ。ニヤリと笑って、こう聞いてくる。


「もしかして、あの人のこと気にしてるんですか?」


 あの人というのは、中野一也なかのかずや──ウタとしてはこの状況で直接会いたくない存在だ。


「大丈夫ですよ! 私たちが付き合ってると分かれば、諦めてくれるはずですから!!」


 けれど結羽はかなり楽観的な様子。気にせずにウタとの距離を詰めた。


「そんなに上手くいくかなぁ……」


 だがウタは、どうも結羽のような考えには至れなかった。

 そして中村がいないかどうか、美唯が今どうしているのか確認すべく、もう一度後ろを向くと──


「ほら、早く行きますよ!」

「ちょっ、引っ張るなって!!」


 ウタは走る結羽に引かれ、駅まで向かう。


(あっ、ウタくんが!)


 そんなウタを見失わないように、美唯は結羽を追いかけるが、女子の中でも足が比較的速い結羽には追いつけず……。


「あれ? ウタくん?」


 美唯はウタと結羽の姿を見失ってしまった。



 〇



 駅から電車で一駅。二人がたどり着いたのは、駅から徒歩10分くらいの距離にある大きな公園。そこの中の野外カフェのテーブルに腰掛けていた。


「あの……牧原さぁん?」

「はぁい?」

「これ、正気ですか?」

「はい! 正気です♡」


 目の前にはピーチ味のジュースにストローが二本、ハートの形を描いて刺さっていた。


「まさか、ここが……」

「はい! ここが『恋人らしくなれる場所』です!!」


 ………………………………………………

 …………………………………………

 ……………………………………


 ──いや


「無理無理無理!!!!」


 たとえ今は恋人らしく振る舞うとはいえ、偽の恋人関係の二人。ウタには、結羽ととともにハートの形を描いたストローに口をつける度胸が無い。

 そんなウタに、結羽はあの言葉を放つ。


「やっぱり先輩は、チキン野郎ですね」

「うっ、それは……」

「藤澤雅樂はチキン野郎──中学の時に大きく噂されましたねぇ〜。学校一の美少女と言われた先輩に告白されたのに、『俺なんかが〜』って言って腰抜かして──」

「あぁぁぁぁぁぁん、やめてぇぇぇぇぇ!!!」


 黒い歴史を炙り出され、ウタは耳を塞いで頭を俯かせた。


「いやぁ、あのエピソード面白くて、つい親戚の集まりで言いふらしちゃいました♪」

「お前……悪魔か……」

「ふふっ、お褒めの言葉、ありがとうございます☆」

「褒めてねぇよ……」

「今度は高校で喋っちゃおうかなぁ?」

「ちょっ、それはやめて!!」

「じゃあ、ストローに口をつけてくださいな?」


 可愛い声で先輩を脅す結羽。


「うぅっ……、ずるいヤツめ……」


 彼女の悪女っぷりに屈したウタは、目を強くつむってストローに口をつけてドリンクを吸い上げた。


 ドリンクは甘い甘い桃の味。それを堪能する結羽は美味しそうに飲む。


(同じ高校のやつにめっちゃ見られてるし……)


 一方、ウタは過度の緊張のせいでその味を一切感じられない。


「ぷはぁ〜……。美味しいですね? 先輩!」

「…………」ズズッ……

「先輩?」


 外的要因により、大きなダメージを負ったウタはストローを咥えたまま固まっていた。


「センパーイ?」

「…………」


 返事が無い。ただの屍のようだ……。


「もう、ドキドキしすぎて気絶ですか? 情けないですねぇ〜」


 そんなウタが情けなくも可愛く見えたのか、結羽はキャハハと笑ってみせる。


「ほら先輩、早く行きますよ〜」


 結羽はウタの気を戻すべく、腰を上げて肩をトントンと叩くが……返事は無し。


「……仕方ない人ですね。先に行きますよ?」


 少し呆れた様子の結羽は鼻でふぅと息を吐き、椅子から退いて前に進もうとした──そのときだ。


「キャッ!」


 結羽は自分よりもかなり大きい男とぶつかり、その反動でまた椅子に尻をついた。


「中野……先輩……」


 顔を上げると、中野一也とその取り巻き二人が傲然ごうぜんたる笑みを浮かべて結羽に迫っているのが見えた。

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