第11話 教えて!松岡先生!!

「そろそろ雪村くんの誕生日だね?」


 颯人はやとと別れ、二人きりになってすぐに久住くすみさんは言った。


「そっ、そうだね」


 そういえば、そろそろだな。

 でも颯人、基本俺が何か飯を奢ってくれるだけでいいって言うから、プレゼントは最近あげてないんだよな。

 ちなみに去年、ラーメン奢ったらめちゃくちゃ喜んでくれた。


「誕生日かぁ。何かプレゼント買ってあげようかなぁぁ」


 でも久住さんがそう言ってるし、俺も久しぶりに何かプレゼントしようかな。

 などと考えていると、久住さんが話しかけてきた。


「ねぇ、ウタくんはプレゼントするもの決まってるの?」

「俺はまだ。最近まで颯人にモノなんかプレゼントしてこなかったから」

「じゃあ、どうしてるの?」


 久住さんは不思議そうに首を傾げる。そして俺が飯を奢っていると答えると──


「餌付け?」


 久住さんは更に首を傾げる。

 別に餌付けしてる訳じゃないんだよなぁ。


「でも今年は何かモノを買ってプレゼントしようと思うんだ」

「そのほうがきっと雪村くんも喜ぶと思うよ♪」


 そうだよな。

 久住さんの満面の笑みに、俺は背中を押された。


「あっ、そうだ」


 そして彼女はこう続けた。「この時を待っていた」と言わんばかりの笑みを浮かべながら──。


「明日の土曜日、一緒に買いに行かない?」

「えっ? 颯人のプレゼントを?」

「うん!」

「えっと……、俺と久住さん──二人きりで?」

「そうだよ?」



 …………………………………………

 ……………………………………

 ………………………………


 二人きり? 久住さんと俺が??

 いやいや、まさか。あはははは……。




 〇




『は? アンタが女の子からの誘いを断るって正気??』

「あっ、はい。あくまでその予定なんですが……」


 夜の八時、俺は風呂上がりにバレー部のマネージャー松岡舞香まつおかまいかと通話していた。これを言うのは蛇足かもしれないが、もちろん舞香は今、風呂に入ってなどいない。


『もう一度聞くよ。正気??』

「正気だよ、正気。一応……」

『何? その中途半端な回答……』


 電話越しにうんざりとした溜息がはっきり聞こえた。


 久住さんから誘いを受けた後、俺は即座に「行こう!」と言えず、「行けるかわからないから、行けたら連絡する」と伝えて、俺は彼女の元を去ったのだ。


『てか、なんで話し相手が私なの? なんで女の子からの誘いを断ろうなんて考えてるの? ていうか、相手は誰??』

「待った待った! 一気にズカズカ質問攻めするのはやめろ」


 鋭い口調でマシンガンのように言葉を放つ舞香に、俺は少し恐れおののいた。

 ちなみに舞香には『女の子からの誘いを断る方法を教えて』とだけ伝えていて、相手が久住さんであることは伝えていない。


『わかった。誘われた相手って、美唯みゆでしょ?』

「うっ……」

『ご名答ね?』

「……はい」


 だがしかし、舞香に隠し事は通用しなかった。


『だと思った。今んとこウタと関わりある女の子って、私と美唯だけだし』

「さすが舞香様。恐れ入ります」

『はいはいどうも。そんなことより、なんで嫌なのよ?』

「だって……」


 俺みたいな『颯人の友達』ということ以外に意義がない地味な男と学年一モテる美少女が二人きりになるんだぞ? そんなの──


「誰かに殺されるかもしれないじゃないか!!」


 死にたくない。久住さんのファンみたいな存在に暗殺されるなんて御免だ──という悲痛な思いを乗せて俺は叫んだ。


 するとだ──。


『はぁぁ……また始まったよ。アンタのネガティブ節』

「いや、だってさぁ……」


『いい加減にしなさい! この弱腰!!』


「ヒッ!!」


 舞香は俺に向かって怒りをぶつけた。

 久しぶりの舞香の怒鳴り声に、俺はビビって高い声を上げた。

 舞香って、怒ると俺の母さんより怖いんだよなぁ……。



『いい? ウタ。明日、絶対に行きなさいよ??』

「いやいや、それじゃ俺の命が──」

『問答無用。ちなみに今さっき、アンタと通話しながら美唯にメッセージ送ったから。明日、ウタ行けますって』

「おいおい、マジかよ」

『マジ。LINE確認してみたら?』


 舞香にそう言われたので、通話中のままホーム画面に戻ってLINEを開いてみた。


『舞香ちゃんから聞いたよ? 明日、楽しみにしてるね♪』


 うん、もう逃げられないね。これ。

 俺は開き直って通話画面に戻る。


「舞香……いや、松岡先生」

『何よ、急に……』

「えっと、女の子とデー……じゃなくて、お出かけに行くときに気をつけること、的なやつをご教授してくださると有難いのですが……」


 俺は舞香に教えを乞うことにした。

 というのも舞香、彼氏とのデート経験が豊富で、デートのときに相手を怖いくらいしっかり見ているのだ。


『はぁ……、そうなるとは思った。いいわ。明日のためにみっちり教えてあげる』


 おぉ、マジか。それは実に頼もしい──


『まずは──』

「ちょっ、早い早い!」


 間髪入れずに説明を始めようとした舞香を止め、俺は手元にあるノートとペンを準備した。こういうのは後にきそうだから、しっかりメモをとらねば!


『まずアンタは集合の10分前に来ること。早めに来て、相手を待ってあげるの』

「なるほど。待ってあげるのか……」

『そう。そして相手が自分より遅れて来ることは寛大に受け入れること。「待った?」って聞かれたら、「全然」って答えたり、待たされたことへの不快感をあらわにしないことね』

「ほぉほぉ……」

『続いて服装とか身だしなみね。アンタが整えるのはもちろん。じゃないと相手に失礼だから──』


 松岡大先生のありがたいお言葉に、懸命に耳を傾けメモをとる俺。

 だが、彼女の言葉を聞いてて思ったことがある。



 ……これ完全に、『デートの極意』じゃね?



『それで……って、聞いてる?』

「あっ、はい。聞いてます!」



 ……まぁ、いいや。

 俺は気にせずに最後まで舞香の話を聞き、ノートに記した。

『知らない』よりは『知る』、『やらない』よりは『やってみる』ほうがマシだからね。


『それで次は──』

「ふむふむ……」


 そして舞香の言葉を聞いてるうちに、言われた通りのことを実践すれば久住さんの俺に対する好感度が上がるのではないかと考え、つい楽しみで口元が緩む。

 ていうか、さっきとは一変。今となっては久住さんと二人きりになれるのがなんだか楽しみになってきた!



 だがこのとき、俺は知らなかった。

 明日の出来事が、俺の人生に大きな影響を与えることを──。

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