第10話 占い

「ふんふんふ〜ん♪」


 今から気になる人と一緒に帰る久住さん。ハミングまで口遊くちずさんでいて、かなりの上機嫌だ。

 そんな久住さんと親友の颯人の距離を縮めることが、恋のキューピッドの役目。この展開が来るのが想定外だった故に作戦は何一つ準備していないが、精進せねば。



「おぉ、やっと来たか。ウタ、久住さん」


 校舎の玄関で待ち伏せしていた颯人がこちらに向かって大きく手を振った。

 今日の部活は体育館が使えないから、練習は17時まで。俺の補習が終わった時間にぴったりだ。


「お待たせ〜」


 笑顔で小さく手を振り返す久住さん。さて、あとは颯人の元に駆け寄る久住さんを後ろから暖かい目で見守ってあげよう。


 そう思ったのだが、早速俺のプランが乱された。


(……あれ? 久住さん??)


 なんと彼女は手を振ったまま、俺の隣から一歩も動かない。

 いかん。これじゃあの二人だけを並んで歩かせることが──いや、俺がここから少しだけ消えればいいのでは?


「あっ、俺ちょっとトイ──」

「ダメ」


 ……えっ? ちょっ、なにこれ??


 久住さんは俺の制服の裾を少し引っ張った。颯人にバレないよう、さりげなく。てか、「ダメ」ってなに??


 すると久住さんは携帯電話を取り出し、素早い指の動きで文字を打ち始めた。

 その姿を見ていると、LINEの通知音が聞こえた。相手は久住さんだ。


『二人で帰るの恥ずかしい。ウタくんも一緒にいて欲しいの』


 ぐぬぬ……。なんだこの「そりゃ仕方ないよね」と納得できない感じは……。

 俺は悶々とした気持ちを抱きながらも『了解です』と返信した。


「どした、ウタ? 固まった顔して」

「いや、大丈夫! それじゃ、行こっか!」


 苦笑しながらそう言った後、「お前は久住さんの隣だ。わかってるよな?」と目を動かしてアピールした。



 〇



 結局、仲睦まじいカップル(予定)を暖かな目で見守る恋のキューピッドという構図は作られず、俺と颯人が久住さんを囲むという形となった。

 そういえばこの並び、二年前にテレビでよく見たような……。何だっけ?


 いやいや、そんなことよりどうするこの状況??


 隣に久住さんがいることに、俺は極度に緊張している。


「雪村くん、部活お疲れ様〜」

「おっ、サンキュー」


 というのも彼女、颯人と話している姿を見ていて気づかなかったが、地味に俺との距離が近い。いや、それどころか俺の身体とたまに触れ合ってる気がするんですけど。

 何故だ? 何故、俺の方に寄ってくる?? 君が寄るべきはこっち(俺)じゃないだろ!?

 あまりにも近くにいる彼女から漂う甘い香りに脳内は掻き乱され、心臓の音が耳にまで聞こえてくる。


 ここはいっそ、「なんか距離近くない?」的なことをほのめかしてみるか。

 いやいや、そしたら久住さんが「照れてるの?」ってからかってくるに違いない!!

 今日も隣の美少女に苦悶くもんさせられるのか、俺?


 ──いや、ここはスルーだ。スルー。さりげないスキンシップでもなんでもない。ただ物理的に距離が近いだけだ!


 そう割り切って、俺はこの興奮不可避の状況を耐え凌ぐことにした。

 さぁさぁ、今は俺と久住さんの距離が近いことを忘れて、久住さんと颯人の距離を縮めることに専念しよう。そう思ったときであった。


「ねぇねぇ、これやってみない?」


 久住さんが颯人に声をかけて、携帯電話の画面を見せた。どうやら久住さんが何か仕掛けてきたみたいだ。


「おっ、誕生日占いかぁ」


 誕生日占い?

 そうか、これで自然な流れで誕生日を聞き出そうってわけか。俺は初めて、久住さんの頭の良さを実感した。


「まず私ね。誕生日は3月24日っと……」


 そして誕生日を口に出すことでアピール。さすがだ、久住さん。

 この機会に久住さんの誕生日覚えておこう。


「えーっと、『知的で自信に溢れてる反面、とても繊細』だってさ」


 クスクス笑いながら、久住さんは言った。

 彼女は占いの結果を鵜呑みしていないようだが、かなり当たってるんだよなぁ。とても繊細、ってのは感じないけど。


「はい、次は雪村くん」

「おうよ」


 続いて久住さんの携帯電話が颯人に回る。

 さぁ颯人。ここは久住さんにならって、誕生日を言いながら入力しろよ?


「……よし、これでオッケー」


 おい、言えよ。とツッコミたいところだったが──


「見せて〜」


 ここで久住さんが颯人に占いの結果を見せるように指示した。きっと颯人の誕生日を確認するためだ、間違いない。

 そして颯人が結果を見るために久住さんの方に寄っている。よし、いいぞ。もっとやれ。


「4月22日。『地道にコツコツと努力を積む努力家』だってさ」


 ほんと凄いや、この占い。颯人の性格がバッチリ正しく書かれている。

 しかも続きには『多くの人が憧れるカリスマ性を持った人』とも書かれている。

 道理でルックスも完璧なうえに、バレーは将来の日本代表とも言われるほどセンスが光ってるわけだ。俺も颯人と同じ日に生まれたかったな、なんて。


「はい次、ウタくん」


 そして久住さんは、やはり俺にも携帯電話を渡してきた。

 特に動揺せず、俺は自然な流れで受け取って誕生日を入力した。


 ちなみに俺の誕生日は7月5日。

 結果は『確固たる信念のようなものを持っているので流されることを望まないが、時にはそのまま流されることで、自分が気づかなかったことを見出すことがある』らしい。


 さて占いといえば、仲のいい男女同士が盛り上がる占いがある。


「そうだ久住さん、それで相性占いってできる?」

「相性占い? 私とウタくんの?」


 もう久住さんの冗談には慣れている。俺はかたくなに「違う」と言い張った。


「久住さんと颯人だよ。二人とも美男美女でお似合いだしさ?」

「美男って。俺がか?」

「別に、美男美女カップルが必ずしもお似合いとは限らないと思うけど?」


 うっ、仰る通りだ。それに、これで最悪の結果が出たら笑えないからなぁ……。

 それでも俺は「いいからいいから」と、二人の相性を占わせた。


「あっ、結果出たよ。雪村くん」

「どれどれ?」


「相性、70%だって!」


 おっ、なかなか良い数値。この結果に久住さんは声を弾ませ、俺はホッと胸を撫で下ろした。


 よし、これで占いの話題は終わり!そう思ったのだが──。


「ウタくんも、やる?」


 やっぱりか。やっぱり俺もやらなきゃいけないのか。

 久住さんが顔をニヤつかせながら携帯電話を差し出すので、俺は颯人のデータに自分のデータを入力し直して『占う』ボタンに手をやる。


 ──これで相性最悪とか出たら嫌だなぁ。


 そう思いながらも、俺は勇気を振り絞ってボタを押した。結果をすぐに見まいと、目をつむりながら……。


「どうだった?」


 久住さんの声が聞こえ、俺は目を開く。


「ねぇ、どうだった?」

「…………」

「ウタ?」

「ウタくん?」


「相性、50%だってさ。俺たち」


 そう言って俺は苦笑しながら、携帯電話を久住さんに返した。画面を閉じた状態で。



 いずれバレるので言っておこう。

 俺が言った結果はウソ。


 俺と久住さんは『相性100%超え。もはや運命の二人』。

 美少女との相性的には超大当たり。だけど俺としては、全く笑えないくらい大ハズレのクジを引いてしまったのだ。


「……ホント?」


 くそっ、動揺してる様子を勘づかれた!

 ニヤリと笑う久住さん。対して俺は黙ってコクリと頷いた。

 本当は見て欲しくない。かと言って、久住さんが見ないわけもなく──。


「んー、どれどれぇ……」


 久住さんは期待を抱いた様子で占いの結果を確かめた。

 くそっ、どうしてこんなときに……。俺のアホ!!

 絶望的な状況を前に、俺は自分を責めることしかできなかった。


 だけどその後、彼女は言った。


「ふふっ、ホントだ」


 まさか久住さんがここでウソをつくとは……。これには、驚きながらも笑うしかなかった。


「あっ、俺こっちだわ。じゃあな!」


 しかも超グッドタイミング。交差点で颯人と別れることに。

 俺は颯人と別れた後、ふぅ、と大きく息を吐いた。


「久住さん、えっと、さっきは……」

「ねぇ、ウタくん」


 ウソをついてくれたことに感謝しなきゃ。そう思い話しかけたのだが、それに割り込むように久住さんは柔らかな笑顔を向けてこう言った。


「そろそろ雪村くんの誕生日だね?」


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